田部誠二
僕が七年ほど参加していた劇団に、田部誠二は一年遅れて入ってきた。 当時から下戸を人とも思わぬ質で、歌舞伎町の地下トリスバーに僕を 引きずり込むと、四時間ほど切れ目なしに喉を湿らせた挙げ句、いき なり「俺は芝居の下手な奴は嫌いだからナ」とシワガレ声で釘をさし て腰を上げた。のべつ尻に火がついたみたいに照れまくって無頼な物 言いをしているが、束の間の雲の切れ目に、逆にこちらが照れるほど 大真面目に優しくなる男だと知ったのは、その後のことだ。嘘やたて まえや大仰な身振りが、僕らの普段のいとなみの中にほんの少し致し 方なく紛れ込んでくるぶんには「馬鹿野郎」と照れて済ましているが、 その裏に悪意や驕慢な意思を見破ると、怒りを含んで頑として相手の 言い分を認めない。こんな男が「芝居の下手な奴が嫌いだから」とい って、「巧い芝居が大切」なわけがない。あの日彼は酒の勢いで、言 いたいことのおおもとである「俺は巧い芝居は大嫌いだゾ」をぶっ飛 ばし、その代わり、許容されるべき下限の線引きだけを、つまり、 「だからといって、芝居の下手な奴が好きなわけではないからナ」 だけを僕に念を押しただけだったのだ。
その、のべつ照れている彼が舞台の上でさらに照れると、火のついた 尻にさらに火がつくという事態が起こり得る。するとシャイで一見端正 風な中年役者が、とつじょ引っ繰り返って「許容されるべき下限」ギリ ギリの淵に踏みとどまった(時には踏み外した)パロディー役者として の田部誠二が立ち現れる。含羞の俳優と芝居を作るのは、爆弾をチョッ キのポケットに突っ込んだ男と一緒に庭仕事をするみたいに、はらはら するものなのだ。
こちらも雲の切れ目に本音を言わせてもらうと、僕の弱みを知り尽く した彼の、稽古から本番までに僕が犯す誤りをさりげなく補ってくれる 行為と厚情には、心から感謝している。