LOVE JUNK

Vol.15 電信柱の唄

ある日、近所の電信柱にこんな張り紙をみつけた。
「犬を捜しています、二十歳の老犬です、歩くときはヨタヨタします、みかけた方は・・・・・・」

この手の張り紙はむかしからよくみかけるけど、それにしても二十歳とは、相当の老犬だ。長年飼っていた老犬がある日、ふっといなくなってしまったという知人のはなしを思い出した。近ごろ、寿命が延びてボケる犬が多いって言うし、家が分からなくなってしまったのか? もしかしたら猫と同じように自分の死期を悟ると姿を消す習慣が犬にもあったのかもしれない。

それから数週間後、電信柱から剥れ落ち、風に吹かれているその張り紙をみて、ヨタヨタさまよい歩く老犬の姿が脳裏に浮かびあがり、哀しくなった。

それからさらに数週間後のことである。前方に、初老の男性が自転車にまたがったまま電信柱に何かを貼りつけている姿をみつけた。すれ違いざま、男性がていねいにていねいに貼りつけているものを覗きこんでみると、「老犬が見つかりました、ありがとうございました。」という文字が目に入った。
「ワンちゃんみつかったんですか?」
と、思わず声をかけた。

「おかげさまで、たくさんの方から連絡をいただいて・・・」、
「そうですか、よかったですねぇ〜」、
「はい、ありがとうございました」
なんて、わたしにまで礼を述べている。いやいや、あたしは何もしていないんだけどさ。

電信柱といえば、ごみ収集場所にされたりなにやら妖しげなビラが貼られていたり、世の男性たちは、人間でも犬でも電信柱をトイレ代わりにしちゃったり、はたまた新興住宅街では景観がよろしくないということで電線を地中に埋めこんで、電信柱そのものを排除していたり、とにかくなにかと煙たがれている印象があって、「電信柱に電話番号なんてはって、悪用されちゃうよー」なんて考えちゃったけど、悪用するばかりでもないんだよ。

思えば道に迷ったとき、電信柱をみればすぐさまいまいる場所の住所がわかるし(一番最初に電信柱に住所をつけたのは仁丹だったと記憶している、へぇ〜)、大通りでは通りの名称が書いてある。広告としても大きく役立っていて「○○クリニック 100m先↑」と、道案内までしてくれる。そのうえ電信柱を通じて、今回のような最近ではすっかり薄れてしまった、人とのふれあいが生まれることもあると考えると、景観が悪いからといって排除してしまうのもどうかと思うよ。

電信柱ってのは人間の生活そのものって感じがする。暗い夜道を照らしてくれる電信柱の外灯がもつ独特の青白いひかりに哀愁を感じるのは、わたしだけではあるまい。ときには安心したりときにはちょっと怖かったり・・・。

電信柱、味気(あじけ)なくて味気のある、なんだかニクイやつ。

うえへ うえへ"

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