予告どおり更新がずいぶん遅れたけど、まだまだ続くよ、LOVE JUNK。ここ数週間、なにをやっていたかというと、久しぶりに風邪で寝込んだり、アレルギーをおしてネコを飼い始めたりと、なにやらガチャガチャしておりました。
「内在者理論」という話を知人から聞いて、おもしろかったので今回はその話。
世の中にはさまざまな人格の人が存在するけど、誰もが、普段表にでている人格とまったく相反する人格を心の内に持っている、という理論。それもひとつやふたつではなく、いくつも持ちあわせているという。
ここまでは、最近よく耳にする多重人格やペルソナからも想像がつくのだが、ここからがおもしろい。普段、表にでている人格は「こんな人になりたい」「こう思われたい」と思っている自分の好きな部分。対して相反する内在している人格は、自分が嫌いな認めたくない部分。このようにひとつの場所にたくさんの人格が存在すると実生活と同じようにグループに別れて対立したり、好きな人格が嫌いな人格をいじめたりするという現象が起きるというのだ。
しかしいじめられた方は消滅するわけでもなく、卑屈になって居座り続け、ふとした拍子に顔を出す。それから自己嫌悪に陥って、「そんな自分、認めたくない」とますます目を背ける、という話しなのだ。
これを「内在者理論」と言うそうなのだが、あくまでも「理論」なので、ホントかどうかはわからない。それに、わたしのつたない文章でうまく伝わったかが一番不安だ…。まあ伝わったと仮定して先に進みましょう。
「いじめる、といってもどうやって?」と質問をぶつけてみた。
「『すごいあの人嫌い』と思う人に出会うけど、その人をイヤだと感じるのは、自分の認めたくない部分を持ちあわせているからで、その人を嫌うことで自分をいじめることに繋がるのではないかな?」
誰でもそうだと思うけど「理想の自分」というものがあって、嫌いな人・不快に感じる人を見て反面教師よろしく、「自分はけして、あんな風にならないぞ!」なんて思いながら生活している。いっけん前向きに思えるその姿勢が、実は袋小路にはまっていただけだなんて、人間のサガってやつはなんて愚かなのかしら?
でももし、認めたくない自分を認めてあげることができたら、日陰の存在でしかなかった自分ってやつも卑屈になることなく、わりあいうまく付き合っていけるのかもしれない。「このままの自分でいいんだと思った瞬間、とてもラクになったよ」なんて言葉、聞いたことあるしなぁ。ましてや「愚かだからこそ愛おしい」なんて思えたら、すばらしい明日が待っているかも!
と思ってもみたけど、わたしはまだまだ理想の自分を夢見ていたい。これって現実逃避なのかしら? 「いい加減、おのれの度量を知れ!」とどこからか声が聞こえてくる日まで、もうちょっとだけ、ね。いや、そんな声、聞こえないまま一生を終えるかもしれないけど、それはそれでわたしの地団駄人生、どうぞ笑ってやってください。
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