LOVE JUNK

Vol.8 持続する記憶と怒り

 がーん、ショック!
 LOVE JUNK用に書いた文章を入れてあるノートパソコンが…。そうとう古いPCなのでいつ壊れてもおかしくなかった。仕方ない。よって、今回のLOVE JUNKは曖昧な記憶を頼りに、再生してみる。ただでさえ記憶力が悪いのに、大丈夫だろうか? どのくらい悪いかと言うと、昨日のことである。すでにオカズをつめた弁当箱をどこに置いたか忘れ、昨日・今日と二日間探しまわり、「もうだめだ〜、たとえ見つかったとしてもカビカビ・腐腐(「クサクサ」と読む。臭臭と表記する場合もある)だよ〜」とあきらめていた矢先(ついさっき)、冷凍庫から出てきた。冷凍保存されていたので安心して明日の昼食に食べることとしよう(よかった)。因みに今回のLOVE JUNK、そうとうな自信作だ。出版依頼がくる代物であることは間違いない。しかし、文章とはナマモノなのだ、いつでも同じものが書けるというわけではない。読んでみて「バカモノー! ツマラナイジャナイカ!」などと思ってもそれは、記憶力のせいなのでくれぐれもお間違えのないように。

 電車の中で、隣に座っている女子高生が、「ピコピコ、ドーン、ヒュルルー」と携帯電話のゲームに興じていた。夢中なのは結構なのだが「音ぐらい消してくれ」と思う。その隣では、友だちであろう同じ制服を着た女子高生が大きな声でおしゃべりに夢中だ。「ゲームの音を消したところで、同じことか…」と、妙に納得して気を鎮めた。けして女子高生たちが強そうで、怖じ気づいたわけではない(大学見学の帰りだろうか、手には某体育会系大学の紙袋を持っていた)。

 最近、腹の底から怒る(イカル)ことを忘れてしまった気がする。忘れたというのは大げさだが、減った。「わたしも大人になったのね〜」なんて思うのは簡単だが、「怒る」ってそんなに悪いことなのかしら? と考えてみた。

 わたしが最後に「ホント、アッタマきたよ! 孫の代まで〜」と、顔が赤くなるほどに怒りを感じたのは、二年くらい前。あのときの怒りは凄かった。星一徹のように、バーンと、なにもかもひっくり返してやろうかと思ったけど、できなかった(トホホ)。でも、なんとか見返してやろうと、それはそれは勢力的に動いた。自分でも驚くほどのパワーだった。結果的には見返せたとは思えないけど、自分なりに満足して怒りはおさまったようだ。

 普段なら、「どうせあたしがやっても無理なのよ」と、ネガティブになってしまう自分にそんな一面があったのはちょっと驚きだ。いや、とてつもない怒りがわたしをそうさせたのかも。そう考えると「怒る」っていうのは、悪いことばかりじゃないよね。

 しょっちゅう何かに怒っていて、なんのことかと話を聞いていると、まったくの他人が酷い目にあってそれで怒っていたりして、「なんで他人のことでおまえさんがそんなに怒っているのよ?」なんていう個性的な知人もいるが、それこそ「怒り」を糧に生活しているのかもしれない。しかし人のことでもわがことのように怒りを感じることのできる人は、人の幸せをわがことのように嬉しく思える心を持っているんだろうなぁ、と羨ましくも思う。

 先日、テレビで某メーカーがつくった、未来のモデルルームを紹介していた。すべての電化製品はネットワークに繋がれていて、電子レンジがレシピを探しだし、調理までしてくれる。トイレでは便座に座ると、体重測定、体脂肪測定、尿検査までしてくれ、しかもデータは自動的に医者に送ってくれる。寝室の熊のぬいぐるみを数日間かまわないでいると、救急車を呼ぶという。おーい、こんな部屋に住みたい人なんているの? こんな部屋に住んだら、わたしら「怒り」どころか、なにも感じられない(自分の体調までも)人間になっちゃうよ。企業っていうのは恐ろしいものをつくりだすよね。

 あっ、でも、料理が苦手なわたしには、料理してくれる電子レンジはちょっと魅力的だったりする。もし手に入れることができたら、毎日みそ汁のかわりに「トムヤムクン」つくってもらいたいなぁ。

好きなものは魚? お皿?

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