稽古帰りのことである。電車はやや混み。わたしが立った前の座席には典型的ないまどきの若者がふたり、一人は足を大きく広げてのびのびと、もう一人は足を組んで座っている。いかにも「オレたち〜、いまどきの若者だから〜、すぐキレちゃうんだよね〜、怖いよ〜」と言いた気だ。
しばらくしてのびのび君が彼の横に立っているサラリーマン風の男性の肩あたりをいきなり殴った。やっぱりキレやすいんだ…。「どうしたの〜?」と足組み君。「こいつのぉ〜、肘がオレのアタマにぃ〜」と、どうでもいいかのようにぶつぶつ訴えるのびのび君に、足組み君は「ふ〜ん」とひとこと。「あんたらそんなにのびのび座っていてこれ以上ナンの文句があるのよ」といかりを覚えるわたし。しかしサラリーマンは大人だった。「スイマセン」と普通に謝った。じつに賢い・・・、立派だ。
だいたい、わたしは電車に乗ると「そういう人の付近」に、まるで吸い寄せられるように行ってしまう。べつに血が騒ぐわけではなくて、「そういう人の付近」はたいてい「スイテイル」からだ。やや混んでいる電車にぽっかりと空間があるのには、ちゃんと理由があるんだよね。
さて、そろそろ降りる駅に到着。彼らも降りるらしい。わたしの前に座っている足を組んでいる方の青年が立ち上がろうと足を解いた。すると彼の足が長すぎたのか、わたしが彼に近づきすぎていたのか、彼の足がわたしの足に当たってしまった。その瞬間、「ちっ!」という声が聞こえた。なんと、よせばいいのにあろうことか、わたしは彼に向かって舌打ちをしてしまったのだ。
これにはわたしも驚いた。思わず口をついてしまった、魔がさしたってやつである。なんてことをしてしまったんだ〜。と後悔しても「あとの祭り」。彼は地獄耳なのか、そういうことに関しては敏感なようだ。途端にわたしに向かって「なに?」「なに?」「なんなの?」と攻撃を仕掛けてくる。ここはひとつ知らんぷりだ。逃げるが勝ちって言うもんね。「わたしが神取忍じゃなくてよかったな! それともヤワラちゃんか? アジャコングでもいいか…。」と捨てゼリフを心の中で叫び、足早に電車を降りたのである。「間一髪」であった。
ここ数年、街中で怒鳴っている人が多い。特に、暑い日は街全体が「カッカ」していて怖いくらいだ。前回は「ときに怒りはものすごい力を発揮する」なんて書いたけど、それとは違う種類の怒りだ。単純に「カルシウム不足」では片付かない雰囲気の話。
大阪教育大付属池田小学校の乱入殺傷事件の死刑判決の記事では、犯人が抱える「悲しみ」を感じたし、「彼にとっては世の中のすべてが憎いんだなぁ〜、何がそんなに憎いのかねぇ?」と気の毒なくらいだ。もちろん犯人の肩を持つ気はない。
「人間的なモラル」、「スジを通す」といったことが難しくなっているんじゃないかな? 「迷惑行為はしない」だの「人を傷つけるのは悪いこと」といった「良心」に訴える方法が通じない場合、どうしたらいいのだろう…。
自分にも思い当たるところはあって、「そういう考え方は人間として間違っているよ!」と友人に言われても、「うん、世間ではそうだろうけど、わたしみたいに考える人間もいるんだよ」と返してすましている。「居直り」ってやつ。自分を責めて反省するより、認めて居直る方がラクチンなのさ。
せめて、こんな自分を反省して、これからは居直らないで反省するように気をつけるよ(←なんか、不真面目っぽい…)。
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