2004年6月 父の日について

必ず僕に背を向けて、寝る父。
その大きく、広い背中に、おでこをつけて僕は、眠る。
その大きく、広い背中に、背を向けて、
小学3年生の僕は人間が死ぬことを知る。
どうやって受け入れればいいのか、どうやったら理解できるのだろう。
(人間は死なないものだと)
悲しくて、悲しくて、どうすることもできなくて、涙がこぼれて、とまらなくなって、声をころして泣いている。
いつか死んでしまうのか、父も、母も、そして僕も。

”帰ろうよ、もういいよ、早く帰ろうよ、もういいから、早く帰ろうよ。(2人で過ごした場所に)もういいよ、もういいからさ、早く帰ろうよ、いいから帰ろうよ。”

春になると、電車よりも大きな桜が咲く。何百本も。うす墨色の風がふき、みどりが声をだして笑う。
夏になると、景色がふるえ、ツバメが地に這い、小川に音楽をつくり、もぎたてのとうもろこしをほおばる。ひまわりと花火が遠くから見つめる。蛍の夜を、かえるがさえぎる。
秋になると、富有柿が恨めしそうに垂れ下がる。コスモスが何かを語ろうとしている。景色が遠くなる、遠くで音がする。
冬になると、雪のにおいが暴力的な絵を描き、地球をのみこむ光りを放つ。

<ここへ、帰りたかったんだろう。ここに、帰ってきたかったんだろう。>
僕と過ごした場所はここじゃないよ。ここに父はいない。でも、ここがあなたの帰る場所だ。たまらなく帰りたかった場所だ。

生涯に一度だけ、父のために泣いた。
ユリの花に姿を覆われた、父のためだけに。泣いた。
テレビの中の高校球児が試合に負け、そして、父もまた、負けた。
外には、早咲きの桜が宙に舞う。
夜にはザリガニが、月をめざして踊りだす。
父の姿を求め、改札で探すことも、芝生のうえに立つことも、窓を開けることも、庭に立つことも、ごはんの食べ方をまねることも、昼寝をしている父をバットで殴ろうとすることも、

なんの矛盾もない。

矛盾こそが人生街道。


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