演劇組織 夜の樹

  • サイトマップ
  • 戯曲館
  • ライブ演劇論
  • 夜の樹って?
  • 俳優たち
  • もらった言葉
  • 劇 評
  • 公演写真・映像
  • 公演予告
  • 公演履歴
  • 通信販売
  • 掲示板
  • メールフォーム
  • リンク
  • 夜の樹 バナー

    劇評

    2007年 蓮の花 結城雅秀・岩下寿之
    1999年 夜の隣人たち 浦崎浩實
    1997年 つめくさの花の数列の果て 林  あまり
    1996年 吸血鬼の咀嚼について 林  あまり
    1995年 引き湖の時間 林  あまり
    1993年 アクロイド隠し 岩波  剛
    1987年 ラネーフスカヤ隠し 佐々木幹朗
    1987年 上演台本 佐々木幹朗
    1981年 キャベツ畑の中の遠い私の声 中西信幸

    「蓮の花」

    結城雅秀 (「テアトロ」2007年1月号「哀愁漂う中にきらめく個性」より)
     ザムザ阿佐ヶ谷」は、とても味のある小劇場である。地下にある小空間で、靴を脱いで客席に入るようになっているのだが、低くなっている舞台は壁も床も味わいのある木製。客席も天井も木で出来ており、まるで昔の小学校の校舎に居るような雰囲気だ。そこに居ると何か現実を離れたことが起こりそうな感じになる。先月の勝田事務所「九つの不気味な物語」に続いて、今月は、演劇組織「夜の樹」による「蓮の花」を観た。和田周の作・演出である。
     和田周の作品は初めて観るが、この人の作風にたちまち惹き込まれた。題名からして仏教のお話かと思っていたのだが、極楽における蓮の台などではなく、それはもっと深いところでブッディズムである。「クラインの壷を徘徊する三十六場」との副題が付いているのだが、それはまさに三十六の寓話から成り立っており、それぞれが不条理の雰囲気を醸し出し、詩のような雰囲気をもって繋がっている。ボードレールの「パリの憂鬱」がもっているような味わいのある散文詩である。そこから何となく浮かび上がってくるものは、人間の儚さ、常なる変化、愛と性、死、永遠などであり、まさに仏教的な哲学である。なお、「クラインの壷」とは「メビウスの輪」の三次元版であるが、三次元空間に生活している人間にとっては実体験が不能である。
     ひとつの寓話は次の寓話に、俳諧のようにほのかに連結している。そこでは、青年も老年も一緒になって、継続する世界を形作っている。性の深遠を扱う寓話としては、「兄ちゃん」(大谷草平)の囁き、「橋からの眺め」(古口圭介)の語り、「女子寮」(姫遊里ら)の女心などが印象的だ。また、「講堂の怪人」(前田竜治ら)の引きこもり、「中秋の名月」(玉井亜子)の駄洒落なども忘れられない。それに、作品には死の匂いがあり、それは「ここから」(古室さゆり)、「お先に」(瀬畑奈津子、和田周)の老夫婦などの場面に典型的に見られる。死を表現するのに、眠りの比喩も用いられているが、どうにもならない人生において、人間の連帯によって人生の意味を探そうとする努力が行われていると感じた。それにしても、この不条理の世界はいかにもベケット的である。(十一月十一日、ザムザ阿佐ヶ谷)
    岩下寿之 (「露の世ながら、さりながら」『蓮の花』に寄せて より)
     演劇組織「夜の樹」の2006年公演『蓮の花』を大変おもしろく見せてもらいました。
     あらかじめ台本を読んで“活字が立ち上がってくる”興奮を覚えましたが、これはいわば文学としての頭の中での架空のおもしろさでしたが、上演に接してその生々しさに度肝を抜かれました。
     文学作品としての戯曲は、それ自体決して過渡的で前段階的なものではありません。言葉のみを唯一の表現手段としているという点で、独立した一個の芸術作品であり、読む者に想像的な刺激を送り続けます。戯曲が文学の一ジャンルとして立派に機能していることは近代文学史を眺めただけでもすぐにお分かりいただけるでしょう。『蓮の花』は、その意味で、まず文学作品として私の脳裡に刻まれました。そして、36場の変転極まりない連句的手法が、これまでの文学にはないシュールな印象を発散していることに驚嘆しました。これについては上演案内のパンフレットに寄稿したので、ここではこれ以上は触れません。問題は、これが劇として舞台で生身の人間によって上演された時に醸し出された効果です。
     演劇としての『蓮の花』は、人生の裏表を、“統括的に”ではなく、あえて“総花的に”表現してみせてくれました。個々の場面は人生の一断面を切り取って提示してあるだけですが、作者による周到な一場一場の設定と言葉遊びを生かしたせりふの妙によって、鮮やかに人生そのものの“総体”を体現してみせてくれました。そこには、若者の充溢した生と性があるかと思うと、老境の諦観と覆されたユーモアがありました。さらに、人間同士の滑稽な繋がりや、それでも他者を求めずにはいられない悲しい生き物としての人間の業が炙り出されていました。観客は笑い、かつ悪酔いしながら、その不思議な異空間に引きずり込まれました。そして、見終わってつくづく感じるのは、日常は口に出したり表には見せない自らの内部に存在する無意識の欲望・願望と、その挫折の苦さです。この思いは究極的には死への誘惑と結びついています。全編を覆っている独特な“場”の味わいは、エロスの底に沈んだこのタナトスの美学からもたらされたものと言えます。老いも若きも“人生は夢”であることを知って、慄然としながらこの芝居を楽しむというわけです。
     20世紀に入って、小説の世界では“意識の流れ”という手法が流行しました。不条理劇はこれに対する演劇的な反逆だったと私は思っていますが、その根底には意識は常に“流れている”わけではないという批判と告発があります。流れるどころか、むしろ絶えず淀み、渦を巻き、ぶつかり、あふれ出て、手に負えないほど暴虐的で、行方の見定まらぬものです。そこにこそ、人間存在の本質がある、言ってみれば“混沌”こそ生命の実態そのものだということでしょう。
    そんな不条理極まりない人生を一編の芝居に封じ込めようとすれば、直線上の全力疾走が不可能であるのは当然です。行きつ、戻りつ、脇見し、道草を食いながら、精いっぱいおもしろおかしく演じていくしかありません。これはドラマツルギーの問題としてだけでなく、この種の芝居を演じる役者の必須の心構えでもあります。
    そして今回は、役者一同の演技がみごとにこの“実り多きニヒリズム”を演じ切っていました。過剰なまでの“どたばた”あり、奇妙奇天烈な出会いあり、果ては臓腑を抉るような哀切なモノローグありで、何より演じている当人たちが生き生きと舞台を楽しんでいるのが印象的でした。観客というのは役者の心に最も敏感に反応するものです。物語に涙する時代はとうに終わり、役者の一挙手一投足に心奪われ、共感し、果ては胸中で自ら一人の役者となって生きるところに、現代の観客の楽しみは移ってきています。
    さて、ここに至って思うのは、これほどの“究極作”を創ってしまった作者が、これからどういう形で先に進んで行くのかということです。一縷の?“危惧”を抱きながら、今後を注目したいと思います。(2007.1.6)
    【戻る】

    「夜の隣人たち」

    浦崎浩實 (「テアトロ」1999年2月号より)
     さて。「夜の隣人たち」だが、和田作品を私は過去に一作拝見しているだけ。うかつなことは言えないが。登場人物が一人、二人、三人と徐々に静かに増えていくそのさまが、まるで幽明の境から現われるようで、その不思議な非現実感の感触に人を惹きつきるところがある。
    本作でも第一場の登場人物は一人(古口圭介)きり。公園のベンチにかけ、自分が待ち合わせの駅を間違えて約束くを守れなかった言い訳を、恋人らしき相手に懸命に話しかけている。男の目線の先の不確定な位置。相手は実は存在しないのではないだろうか?
    第二場の登場人物は二人(田中豊和+寺田裕)のみで、一人が地面に円を描いて独り相撲を始める。相手はいるのに、敢えて独り相撲なのだ。
    第四場の登場人物は七人(和田周ら)。団地の広場で演じられている芝居を団地の住人夫婦(田部誠二+瀬畑奈津子)が見ているが、それが「芝居を観ているという芝居をいやいややらされている二人」という状況に、夫婦は気づくのだ。しかも、そこで演じられている芝居は一つではなく数作が演じられているらしく、各々が互いに侵しあい、かつ〈現実〉にも侵入してくる。でもこのはダレの〈現実〉なのだろう?
    メタ芝居から多重メタ芝居へ。無限に増殖していく時空間に取り残されていくような不安と恍惚を観客は味わうのだ。
    【戻る】

    「つめくさの花の数列の果て」

    林 あまり 「テアトロ」1997年2月号「舞台に渦巻く力」より)
     (前半略)最後に、夜の樹公演「つめくさの花の数列の果て〜賢治迷い」に触れておきたい。宮沢腎治ブームの異常さはすでに誰もが言っていることだが、この一幕劇の第一場では〃宮沢賢治フェスティバル〃で芝居をするアマチュア劇団が登場する。ブームを逆手に取った趣向だ。 ここにはメルヘンタッチのかけらもない。賢治の物語をではなく、その本質のみを舞台化しようとする試みが斬新で面自い。登場人物の素っ気ない様子も謎に満ちている。和田周の持ち味である、壌れた現実と記憶の関係が、うまく賢治の謎とからみ合った一本である。なぜ? と聞きたくなるほど突然に、でも必然性を持って、役者・瀬畑奈津子が流したひとすじの涙が、今も心にひっかかったままである。〃役者の力〃を見せつけられた思いがする。
    【戻る】

    「吸血鬼の咀嚼について」

    林 あまり テアトロ1996年「”記憶”のそれぞれ」より
     (前半略)初めて観た劇団から一転して、私の愛してやまない劇作家・和田周の芝居に触れたい。夜の樹公演「吸血鬼の咀嚼について」は和田の持ち味が一層洗練された舞台だ。毎年秋になると「そろそろかな?」 と落ち着かなくなる私。ル。ピリエでの夜の樹公演のお知らせを心待ちにしているのだ。ここの芝居は一年に一度。まさに秋の収穫という表現がびったりの、熟れた舞台だ。和田周の戯曲は、常に「記憶」が主人公だ。バラバラの記憶とバラバラのシーン。でも痛みは奥底に横たわり、しっかりとつながっている。人物がストーリーに乗って流れていこうとしたとたん、和田はその流れを断ち切り、舞 台はバラバラの破片九に戻ってしまうのだが、それが私にはなんとも心地よい。今回は吸血鬼がゾロゾロ登場して、かわいた大人の哀感でたっぷり楽しませてくれる。その会話の妙と言ったら!
    吸血鬼3  なんということだろう、おれ達はおまえの夢の中でしみじみ「生きているな」と思いながら抱き合って眠ったのに、その先のおれの夢の中へ目を覚ました時には、もう一度バンバイア に逆戻りしていたのだ!
    女吸血鬼3 ……
    吸血鬼3  で、そのおれの夢の中で、さっきおまえが言ったんだ。
    女吸血鬼3 「夢をみたわ」
            間
    吸血鬼3  …せめて夢の迷い道でくらい、どこへ扱けても人間でいられたらなあ。
    女吸血鬼3 でもあんた、やっと泣けたじやないか。
            暗転
            遠くで悲鳴。

     深くて痛い面を強く出すシーンと、粋でしやれた味を強く出すシーンと、和田の戯曲ではそのどちらもが魅力的に息づいている。若手の役者たちは成長の跡は感じられるものの、お世辞にもうまいとは言えない。けれどその稚さが、かえって舞台に面自い味を加えているシーンもあったりするので、夜の樹は目が離せないんですよねえ……。いっぽうで、ベテランの瀬畑奈津子・維田修二・田部誠二,古山桂治の、いい意味でヒネた味わい深い演技はもう、年に一度観ないではいられない中毒になってしまった。(「テアトロ」一九九六年一 月号劇評「記憶のそれぞれ」より)
    【戻る】

    「引き湖の時間」

    林 あまり(テアトロ1995年2月号「究極の選択、そして ……」より)
     うわ──、どうしよう!! なんなの、この芝居ラッシュ!!
     十一月下旬から十二月上旬、特に十二月四日から十一日マデっていう芝居の多いこと! とっても見られないよー、と泣く泣く行けなかった劇団のことが残念、まさに念が残る。
     こういう時期の、じゃあどれを選んで劇場に行くのか? という“究極の選択”には大げさに言うと自分の生き方みたいなものが問われる。私は芝居に何を求め、芝居の何によって生かされているのか。
     もちろん芝居は、劇場に行く前に評価できるものではない。実際に足を運んで、舞台を見てはじめて何か言えるのだということはよくわかっているつもりだ。
     でも現実に、チラシやぴあや劇団からの案内状を手にした時点で、たしかに何らかの評価を下してしまう自分がいる。またそうしなければ、限られた日程の中でどの芝居を見るのかという決断は下せない。でも、この「決断」はどこか不純なうしろめたさがどうしても残る。
     ……などと悩みつつ、どうしても外せない一本として選んだのが夜の樹公演「引き潮の時間」(作・演出和田周、十一月二十二日、二十七日、文芸坐ル・ピリ工)である。
     チラシに和田周の言葉が載っている。
    「芝居を書きながら、これは芝居なのだと芝居の中で醒めて見せて、カラクリを剥き出しにしないと、申し訳なくなる。絵空事の場を設定しても、五分以上は恥ずかしくて台詞がもたない。/だから今回の芝居も短い場の寄せ集めである。」
     劇作家の言葉をそのまんま受けとるつもりなどさらさらないが、ともかくこの芝居が短い場を連ねて構成されていることは事実だ。役者たちはいくつもの役を演じ、いくつものシーンが展開される。
     どのシーンにも共通しているのは、「こちら側」(生)と「あちら側」(死)の境目を行ったり来たりしていることだ。老人二人の会話のシーンでは、老人ホームのような場所でひとりの老人が窓から海を見ている。するともうひとりの老人が、あなたのお母さんが亡くなったと電話がありましたよ、と告げる。けれどそれはいつのまにか、告げに来た老人自身の上に起こった事にすり変わる。
     和田周の戯曲はいつもそうだ。何か傷があるらしいことはわかるのだが、何によってなのか全然はっきりしない人間。記憶はいつもあいまいで、あいまいなまま生きているうちにスッと境目を越えて「あちら側」に入ってしまったり、ふと「こちら側」に戻ってきてみたり。
     こういう人間が、いつもいつも妙なリアリティーを持って迫ってくるのはなぜだろう。
     きっと私も、本当につらかったりショックだったりした記憶をどこかに置き忘れているのかも……そしてそれを少しだけ思い出させてくれるからかも……
     私にとって今いちばん目が離せないのは、和田周の戯曲なのだ。年に新作を一本、というゆったりしたペースも好ましい。
    【戻る】

    「アクロイド隠し」

    岩波 剛(「悲劇喜劇」1993年3月号「演劇時評」(対談)より)
    司会  それでは岩波さんに、劇団「夜の樹」の「アクロイド隠し」をお願いします。
    岩波  池袋の文芸坐ル・ピリエで上演しました。和田周の作・演出です。ご存知のように、「アクロイド殺し」というミステリー史上有名な作品がありますが、この舞台では殺されたアクロイドが何度も生きかえったり、自称犯人が名乗りをあげたり、名探偵ポアロが正常でなかったりする。つまり、原作を解体し、逆転して再構成し、さらにチェーホフのセリフなんかもちょっと入れたりしていて、いわば和田周はアガサ・クリスティーないし推理劇に挑戦したという感じなんですね。
     だから登場人物を二重写しにしたり、一種のブラックユーモアを入れたり、動機を変換したり、原作の犯人の姉キャロライン(瀬畑奈津子)を中心にもってきて、さまざまな仕掛けをしてね、アルフレット・ジャリ、ないしピランデルロの不条理劇みたいな感じ、あの薄暗いルピリエの地下劇場が奇怪な空間になりました。
     ただ、「アクロイド殺し」を読んでない人は、その逆転や換骨奪胎をどう見るか。ぼくには刺激的な実験舞台だったわけですが、どこまで観客に伝わっただろうか。和田周という人は分析力、表現力において才能のある人だと思いました。だけど、これを見るかぎりで、ぼくはなにか才能の浪費……という感じがして──才能の浪費を恐れてたら演劇なんてやれないわけですけれどね。
     たとえば、「椅子取りゲームって遊びがあるだろう。あの遊びでゲームに負けた子どもは、自分の椅子をだれかにとられるのだけれど、自分をとられて椅子だけ残っちやった男のことを想像してくれよ。すごくあてどのないもんだぜ」こんなセリフがさりげなく入ってくるわけです。メタファーとしても面白い表現やアフォリズムがちりばめられていました。
    【戻る】

    「長靴三銃士」

    林 あまり(「新劇」1990年2月号劇評「芝居が連れてゆくところ」より)
     (前略)これも、しっとりと心に残る作品だ。夜の樹公演『長靴三銃士』は、なつかしい味わいのある作品だった。数人の男女の集団が登場して、ひとりの幼女の交通事故死を発端に、死者と生者の入り混じったストーリ−が展開される。
     けれど、死者と生者が入り混じっているかにみえた人々の中には、死者と生者のまぎれもない違いがあったのだ。
     幼女を事故で失った母(瀬畑奈津子)は、そのことを忘れたいがためにこのグループに入りこんてしまった。死者たちと彼女との間には、およそ一千億年もの時間が横たわっている。瀬畑が女の深味を出して、とてもいい。
     私がいちばんいいと思ったのは、死者たちが彼女に、宇宙の成り立ちとこれからとを説明するシーン。彼らは唐草模様の風呂敷を広げ、キューピーちゃんや、いろいろな人形をその上に置き、星々が拡散してゆく「ピッグ・バン」を説明するのである。このあたりは演出家・和囲周の独特のセンスによるもので、こういうシーンに出会うたび、なんて新鮮な感覚の持ち主かと驚かされる。
     死者たちに、そっと生の世界に押し戻される彼女。彼女も、そしてその夫(加藤忠夫)も娘の死から逃げ回ることをやめる。けれどそれは甘ったるいヒューマニズムとして描かれるのではなく、どこまでもシビアに、冷静に描かれる。
     そしてもうひとり忘れてはいけないのが「長靴三銃士」(官部昭夫)の存在だ。彼は戦争中の少年マンガの主人公。日本の少年たちに夢と希望を与えてきたはずのヒーローなのに、かんじんの少年たちは、彼を忘れ去ろうとする、あるいは恥ずかしい記憶としておとしめようとする。それは当時を忘れたいからだ。
     死者たちが時間を逆戻りする途中で出会った長靴三銃士は、彼らの子ども時代の罪と恥とをしっかりと思い出させる存在である。この役を宮部昭夫が、これ以上ないほどに強烈なインパクトをもって演じた。
     前作『紙の上のピクニック』では遠野物語を、今回の『長靴三銃士』では小栗判官を取り入れながら、なつかしくてさわやかな舞台をつづけてみせてくれた。生きる覚悟を、たしかに芽生えさせてくれる劇団だ。
    【戻る】

    「ラネーフスカヤ隠し」

    佐々木幹朗(「新劇」1987年12月号劇評「劇がそよいでいる」より)
     チェーホフの『桜の園』の第一幕、ラネーフスカヤ夫人登場の場面。その場面の直前に こんなト書 きがある。
    「二台の馬車の乗りつける音がする。ロパーヒンとドウニャーシャが、急ぎ足に出て行 く。舞台はがらんとなる。近くの部屋部屋で、ざわめきが起きる。リュボーフィ・アンドレーエヴナ(ラネーフス カヤ夫人)を馬車で迎えに行ってきたフィールスが、杖にすがりながら、あたふたと舞台を横ぎって 行く。古めかしい仕着せを着て、高い帽子をかぶり、なにやら独りごとを言っているが、ひとことも 聞きとれない。舞台うらの音がいちだんと騷がしくなる。『ねえ、ここを通って行きましょうよ・…・』 という声。」
     「ねえ、ここを通って行きましようよ」という声は楽屋の方から問こえてくる。それからラネーフス カヤ夫人たちの一行が、どやどやと舞台に出てきて、もう一度同じ台詞。
    アーニヤ  ここを通って行きましようよ。ねえ、ママ、おぼえてる? ここ何のお部屋か。
    リュボーフィ・アンドレーエプナ  (嬉しそうに、涙ごえで)子ども部屋だわ!(松下裕訳)
      何度読んでも、みご とな劇のはじまりだと思う。舞台にはそれまでロパーヒンやドウニャーシャた ちがいて、この劇のヒロイン、ラネーフスカヤ夫人が五年間外国暮らしをしていて、もうすぐ戻って くることが告げられている。それから彼らは退出し、「舞台はがらんとなる」。「近くの部屋部屋で、 ざわめきが起きる」。 一瞬の静寂があり、「ざわめき」があり、それが高まり、やがてヒロインが登場すると いうこのシス テムは、あざやかに切り取られた古典的な「劇」のはじまりの姿を示している。観客は次のシーンか ら物語がはじまることを待ち構えるよう、自然に仕向けられる。
     九月二十二日に夜の樹+文芸坐ル・ビリエ提携公演『ラネーフスカヤ隠し』をみた。こ の劇はラネー フスカヤ夫人登場直前のチェーホフのト書き、「近くの部屋部屋でざわめきが起きる」という、その 「ざわめき」だけを二時間かけて描こうとしていて、舞台にはラネーフスカヤ夫人は最後まで登場し ない。いったい『桜の園』の第一幕にある、「近くの部屋部屋」からの「ざわめき」、舞台うらから の「ざわめき」というのは何であろうか。以前にわたしは、現在の劇はすべてどのように劇をはじめ たらよいのか迷っている、と書いたことがあるが(それは同時に、劇をどのように終えたらよいのか、 迷っているということでもある)、『ラネーフスカヤ隠し』はまさしく、では「劇のはじまり」とは 何であるのか、あったのかを真正面から問いかけた作品だ。ヒロインが登場するまでの、物語のはじ まりを予兆させる「ざわめき」は、「劇的なるもの」(あるいは「物語」)が疑われ、解体させられ ている演劇の現在にとって、その疑いの根を晒し開いてゆく格好の入口である。ここに和田周が目を つけたとき、そのアイディアによってこの劇は演劇の現在を象徴しうるものとして、すでに半ば以上 成功したと言ってよい。
     劇冒頭で、加藤忠夫(実に新鮮な演技をする!)が三輪車に乗ってル・ピリエの柱の奥 からあらわれ、 妙な方言でワラビ採りの話をする。少年なのか老人なのかわからない奇妙な味わいを持つ一人語りで、 これが終わると、ビー玉遊びをしながら維田修二が『桜の園』のラネーフスカヤ夫人登場までの、ロ バーヒンやドウニャーシャの台詞や、先に引用したト書きの部分を、いかにも新劇風といった声色で 喋る。このへんがチェーホフからの導入部分であり、あとはこの劇の幕切れに、下手の楽屋目から舞 台上に強い光りが投げかけられ、「ここを通って行きましようよ。ねえ、ママ、おぼえてる? ここ何 のお部屋か。」という声が間こえてくるまで、『桜の園』の全てのシーンとは切れてしまう。いや、 完全に切れているのてはない。この劇のどのシーンも、「劇のはじまり」を探る手つきをみせたまま、 その「はじまり」の一歩手前で止まってしまうことが積み重ねられていて、いわばこれがラネーフス カヤ夫人登場までの「ざわめき」の正体ということになる。
     劇の全体構造が実にうまく仕組まれていて、特に中半から後半にかけてのスリリングな 展開スピード は「はじまり」へ向かって急傾斜してゆく勢いを見せて息をつかせない。
     わたしが最も感心したのは、俳優達の一人一人に台詞を喋る演技のレベルを、何層にも 与えていると いうことである。一人の俳優がいわゆる新劇風のくさみを持った台詞を喋っているかと思えば、いき なりそれが他の人物から遮断され(その遮断された瞬間の、田部誠二や維田修二のあわれな自信なげ な表情が面自い)、今度は突然一人だけの呟きに入ったりして、表現するレベルをさまざまに変容さ せる。次のようなシーンも同じである。
     疾風怒清の劇をやりたいのなら、と言って田部、維田、そして瀬畑奈津子の三人が卓袱 台をはさんで、 さまざまな物語を作ってみせる。最後に少年のような男(加藤)に、「怪人二十一面相」の毒人りチ ョコレート作りの手順を教え、こういうことをやってみるかい、とすすめる。「くそ面自くもないよ!」 と加藤が言えば、そうだろう、疾風怒清の大立ち回りのかわりに、いっそ左官屋にでもなったらどうだろう、と女(瀬畑)が言う。「え!ちょ、ちよっと待ってよ」と加藤があわてるシーンで、突然、 暗転。そして次のシーンでこの劇を象徴する魅力的な場面がはじまる。
     男三人、女一人が暗闇でストーブに火を人れ、その火を見ながら、まったくとりとめも ない会話が進 められる。この会話は幾つかのパターンで構成されていて、横に並んだ二人同士の会話。あるいは二 人ずつが他の二人と交差しながらの会話、そして男一人をストーブの後ろに立たせて、残りの三人が 口々に喋りはじめる。さらに四人は竹馬や子供の遊び道具を持って、舞台上手の柱の隅に集まり、観客席の方を向いてそれぞれが同時に別個の話を喋り続ける。これら全て、「劇」がはじまる前の「部 屋部屋で、ざわめきが起きる」、その「ざわめき」の正体である。その正体が舞台上に露出させられ ることによって、この劇は反「劇的なるもの」の姿を、くっきりと浮きたたせるのだ。特に、ストー ブの前の男女の会話は、火の光りに照らされて、とりとめもないながらそれそれの関係が強く生きて いて、キャンプ・ファイアー・トーク独得の、はかなげであわれなイメージがかもし出されていた。 劇から遠く、限りなく遠く、と作者が追い求めていった結果、古典的な「劇のはじまり 」を予兆させ る「ざわめき」にぶつかり、その声の中から「劇」のはじまりと終わりの姿が、ドップラー現象のようにすれ違う。この劇の幕切れは、そういう意味て大変切れ味がよい。
     舞台上手の柱の隅で四人が同時に喋るシーンの後で、突然、舞台上手の扉からフロック コートと山高 帽をかぶった男(常松伸一が、ゆっくりと下手の楽屋口の方へ歩いて消え去る。これは『桜の園』第 一幕のト書きにあった、ラネーフスカヤ夫人を迎えに行ってきたフィールスの、「あたふたと舞台を 横切って行く」姿の幻である。いや、そんなこと(『桜の園』のストーリイ)を知っていても知らな くても、この山高帽の男の登場は意味不明の衝撃力に満ちていて、観客の視線はこの男の右から左へ 動き、また下手楽屋目からこのとき同時にもれてくる強い光りの投げかけられた先を追って、左から 右へ、いっせいに戻ったりする。右へ視線を戻すと、それまで上手の柱の隅でざわめいていた四人は、 ピタリと喋るのをやめ「子供郡屋」での遊び道具を放り出して、大急ぎで下手楽屋口へ走り込む。観 客の視線はここてまた右から左へ、いっせいに動かされる。そして、下手楽屋目の光りの中から、次 のような台詞を間かされることになる。「ここを通って行きましようよ。ねえ、ママ、……」。劇は ここで終わる。
     まさしく舞台へ向ける視線が右から左へ、左から右へ、行ったり来たりしている内に、わたしはそれ が劇の終わりであるにもかかわらず、「劇」のはじまりであるというシーンの提示の面自さにひきこ まれ、現在において劇のはじまりも終わりもどちらも不可能になっているということを、実にたくみ に教えられたのである。
     加藤忠夫の大変自然な演技と、瀬細奈津子の解き放たれたような自由な演技が特に印象 に残った。借 しむらくは劇前半のモノローグ部分の台詞が長すぎ、この劇の攻撃性(反・物語、反・劇的なるもの、 反・劇のはじまり)を弱めているということだ。ここをもっと刈り込めば、この劇は前半後半ともリ ズミックな「ざわめき」に満ちたことだろう。ル・ピリエの何の舞台装置もない黒一色の空間が、こ の夜硬質な劇の輝きに満ちた。
    【戻る】

    「上演台本」

    佐々木幹朗(「新劇」1987年1月号「少年の死体は歩く」より)
     十一月十四日に夜の樹の『上演台本』をみた。よく練り込まれた戯曲で、久しぶりに大 人の成熟した息づかいの間こえるような芝居に出逢えたと思った。登場人物は四人。ルピリエの天井の高い、縦長 の空間に、舞台装置は食卓とその上に乗る食器やコーヒー・メーカー、それに椅子だけ。男女の三角 関係を、主に男の側からの嫉妬を中心に描いた家庭心理劇だが、田部誠二と瀬畑奈津子が元夫婦、そ して現在の夫を維田修二が演ずる。
     この劇で特徴的なのは、男女ともに共通の文体で台詞が喋られることだ。何かを回想す るとき、人は誰もこのように静かに(感情を沈めて)言葉を吐くか、と再認識させられたのだが、劇の最終シーン で一瞬登場する和田周も含めて、男三人女一人がこの場にいながらこの場にいない、どこか遠くの方 を眺めているような眼差しで台詞を喋る。「…したことを憶えている」「……を憶えているわ」とい う会話の連続で、観客席に届いてくるのはある種の幾何学的な精神構造。
     俳優達の動きは限りなく少ない。最初に黒板に書かれた杜市の詩を、回想の中の父親が 息子に説明するシーンがある。この詩の読みとり方が劇の伏線となっているのだが、このことでもわかるように、 イメージはあくまでも言葉を中心に動く。わたしはこの劇の会話の運びに聞き入ったのだが、それは どこかで回想の袋を打ち破るような、破裂音を聞きたかったからだ。つまり、男の嫉妬は自省の感情 の中でのみ揺れ動くものではないから。しかしそれは最後まで間こえず、わずかに現在の夫婦二人が食卓をはさんで向きあっているシーンで、食卓の下から登場した元夫が、突然、コーヒー・メーカー のスイツチを入れる、そのモーター音が破裂音に近かったと言えば言えるだろうか。真面目に演じれ ば演じるほど、そこはかとなく笑いが生じる劇(この感触は、小津安二郎の映画が持つ味わいに似て いる)というふうにわたしはみたが、実際に劇の後半部で元夫の田部誠二が、天井からステージに落 ちてきた三角形の照明の光りをインド大陸に見たて、そこから連なる白いテーブル・クロスのかかった食卓をヒマラヤ山脈、白いコーヒー・メーカーをシムラという村のある高台、というふうに説明す るくだりは、そのイメージが箱庭的な壮大さを持つだけに、男という動物のこっけいさを浮かび上が らせた。成熟した大人の嫉妬の感情が、ここでもモノマニアックな少年のひたむきさに転化していた からである。
    【戻る】

    「キヤベツ畑の中の還い私の声」

    中西信幸(「テアトロ」1981年9月号「真摯なものを求めて」より)
     (前半略)変わった趣向の芝居である。ル・ピリエの空間で上演されるテネシー・ウィ リアムズ作「話してくれ、 雨のように・…」に、二人の俳優(和田周と瀬畑奈津子)がつけ加えた芝居だ。つまり、ル・ピリエ という実在の場と、そこに構築される虚構の舞 台空間と、生身の俳優そのものとののっぴきならない 問係のなかで作られる。
     「われわれはひとりのこらず、監禁の宣告をうけて、われわれ自身の皮膚の内側に孤独に閥閉されて いる。個人の抒情は、生涯を独房に監禁された囚人が他の囚人に向かって呼びかける叫び声である。」 以上のテネシー・ウィリアムズの言葉が冒頭で紹介される。和田周がつむぎ出し、語りかけてくる言 葉は、したたかな強さをもつ。
     「アイデンティティについての確かな感覚」を日常生活の場で喪失している離人症の女(瀬畑奈津子)に男(和目周)が語りかけ、見つめ、自己確認をおこなおうとする。見ている人も、自己確認を迫ら れ、なにか確実な体験をさせられることになる。
     このような芝居は、繰り返しがきかないのではなかろうか。和田周は、次にどういう方向に脱出するのか、次作を期待したい。
    【戻る】