林 あまり氏 (歌人)

「長靴三銃士」の素敵な劇評を「テアトロ」に書いて下さって、嬉しさのあまり、あつかましくも直にお目に掛かりたいむねお願いして。それ以来の、ご飯を食べたり、稽古場に来てもらったりの、お付き合いである。だからパンフに嬉しいお言葉をいただいても、なんとなく贔屓の引き倒し(ではない!モロ引き立て)を強制したみたいで気が咎めるが、林さんに贔屓になって貰えるなんて、それだけでもなりふりかまわず嬉しくて、有頂天に自慢なのだ。(和田)

1999年   1994年   1993年   1991年


ぴかぴかの劇場で (1999年12月)「微熱図鑑」パンフより

 私は「夜の樹」の、そして和田周さんの戯曲の大ファンである。冬の初めの芝居をたのしみに待つのが習慣となってから、もう何年が過ぎただろうか。初めて和田周さんの作品を観たときの驚きは今も忘れない。そして毎年、新たな衝撃をうけつづけている。
 和田周さんの芝居の面白さのひとつに、せりふのリズム感が挙げられる。ほんの少し古めかしいそのせりふは新派か何かを思わせる心地良さ。ところどころ七五調が効いていて、日本語ならではのリズムが耳にたまらなく気持ちがいい。
 今回の舞台「微熱図鑑」でも、いきなり第一場から気持ちのいいせりふがたっぷり浴びられる。死んだ父親が、生前の肉体の痛みについてしやべりまくるそのせりふ、もうここから私は客席でうっとりするはず。台本を読んでいるだけで今からたやすく想像がつく。きっとこんなせりふは、ほかの誰にも書けないだろうな、と思わずにいられない独特のせりふ。でも驚くことに、この独特のせりふのリズム感でさえ、和田周さんの創世界全体の魅力から見たらほんの一部にしか過ぎないのである。
 和田周さんの芝居の最大の魅力。それはいつも〈新しい〉ことだ、せりふの古めかしさを華々しく裏切って顕ちあらわれる世界、それはとんでもなく新しく、いつだって〈いま〉をつかまえて見せる。
 取り上げる話題がタイムリーな時事ネタであるとか、そういったことの新しさξ言っているのではない。人と人とのコミュニケーションのズレ、記憶と現実の折り合いのつかなさ加減、そしてそれらすべてを持った人問というもののおかしさ。そんな一切が、まさに〈いま〉の私白身の問題であり、どうにもならなさ、であるのだ。
 だから私は毎年「夜の樹」の舞台を観に行く。和田周さんの描く〈いま〉が、ほかの人と同じくらいに生きにくい私の〈いま〉をあぶり出してくれる、それを期待して。
 この冬は東京芸術劇場小ホールでの公演だ。思えばかつて「夜の樹」がホームグラウンドとして利用していた池袋文芸坐ル・ピリェが休館となり、公演場所を渋谷ジアンジアンに移したのだったが、ジアンジアンが閉鎖になるという。「夜の樹」はここで思い切った選択をした。なつかしい池袋に建ったとびきり新しい劇場を選びとったのだ。今までと全く違う近代的な空間を和田周さんかどう使うのか、これも注目のポイントである。
 芸術劇場前の広場でスケートボードに興じている十代の人たちや、所在なげに腰かけている年配の人たちが、ふらりとホールをのぞいてくれないものか和田周さんの芝居にたくさんの力をもらってきたひとりとして、心からそう願っている。

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大人の芝居 自然体  (1994)LIBERTY HALL(自由時間)より

 小劇場演劇は若い人のものというイメージがある。けれどつくり手の側も観客も、確実に年齢をとる。25歳の演出家は5年たてば30歳になり(大人の目にも耐え得る芝居がつくりたい)と思うようになる。観客の方も年齢をとればとるだけ、それに見合う内容の芝居が見たくなる。そこで「大人の芝居」を志す劇団が増えるわけだが、これがなかなか難しい。小技ばかりが鼻につく舞台になってしまいがちだ。
 ここで紹介する劇団は、そういう臭味がまったくない。自分たちのやりたいことをやっていたら、自然に「大人の芝居」になっていたという感じなのだ。
 演劇組織「夜の樹」の主宰であり、作・演出を手がける和田周は五十代半ばである。この十年間、年に一本の芝居をつくってきた。和田がこつこつと掘り起こすのは、大人の男なら誰もが持つ記憶の痛みだ。新作『食卓の輝き』では、現実の家族、記憶の家族、幻の家族が食卓を囲む。現実の痛みよりも記憶の痛みの方が耐え難い……そう告げているような舞台だ。和田の初めての戯曲集『蠅取り紙』(テアトロ社)も刊行され、これまでの地道な仕事があらためて評価されている。(抜粋)

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×月×日 (1993年)「ANIMA&ANIMUS」週刊朝日1993・11月12日号より

 待ちに待った本が出版された! 和田周戯曲集『蝿取り紙』(テアトロ、3000円)だ。小劇場の大ファンである私だが、大人の男性におすすめできる芝居はやはり限られてくる。そんな中で、五十代半ばの和田周が作・演出を手がける演劇集団「夜の樹」の芝居は、まさに大人のためのもの。本書は和田がこの十年間に発表した戯曲の傑作選だ。
 特に家族の絆という幻に苦しむ人にぜひ読んでいただきたい。年齢を重ねるに従って現実のつらさよりも記憶の痛みの方が耐え難くなってくるーそんな思いを抱える人にも。

 本書収録の新作戯曲「食卓の輝き」は、11月18日〜23日、池袋文芸座ル・ピリエで上演される。

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自分で背負う人生 (1991年)時評’91(朝日新聞)

 『夜の樹』という劇団がある。主宰者であり、作・演出の和田さんは五十代の男性だ。若いころからずっと芝居に関わっり続けてきた。年に一回の公演ではワンステージ五十人程しか客が入らない。それでも芝居がはねたあとの和田さんは、にこにこと嬉しそうで、客の入りなど気にかけていない。満足そうな微笑みを浮かべて素敵な話を聞かせてくれる。
 「三十代や四十代のころは、同窓会で友人に会っても、『アイツは芝居なんかやって、いい気なもんだ』って相手にされなかったんです。みんなお互いがどこまで出世したかってことしか興味がなかったから。それが最近、変わったんです。みんな望み通り部長や重役の地位を手に入れて、やれやれとホッとしたら急に空しくなったって言うんです。『この年齢まで芝居をやりぬいたお前が、もしかしたら一番いい人生を選んだのかな』って言ってくれて」
 芝居が好きであちこち通っている私は、終演後に演出家や役者の人たちが次のように言うのを何度か耳にした。
 「最近、客の質が落ちてさ」
 自分が評価されないのは、時代のせいだ言う。または世間のせいだと言う。私自身も振り返れば、そんなふうに思ってしまうことがある。何かのせいにすることは、自分で背負っていくより楽だからだ。
 和田さんは違う。客の入りが悪かろうと、生活が大変だろうと、自分でしょっている。だからこそ満ち足りているのだろう。
 毎年、冬が近づくたび「あ、『夜の樹』の芝居の季節だ」と思う。二十代の役者と五十代の役者が一緒になって、人間の記憶の傷をたどる。「死ぬまでにあと何回、芝居ができるかなって数えちゃうんですよね」と和田さんは笑う。その芝居には「決して人のせいにはしない」生き方をしてきた人だけが持つすがすがしさがある。

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