岩佐 寿弥氏(映画作家)

30年前、しばらく芝居から足を洗っていて、そのころ岩佐氏に出会い、氏の映画「反軍No2」「反軍No3」「反軍No4」にかかわった。最首悟氏と、池内史郎氏、佐々木幹朗氏、その他おおくの関西の友人達を氏をとおして知った。氏によって、僕の娑婆との関係が(日常生活から極楽トンボ的交友関係まで)ガラっと様変わりしたのだなと、つくづく思う。以来何人の葬儀に一緒に出たろうか? つまり人生の後半、一番親しく交わっていると、そういうことになるのだ。(和田)

2004年   1995年


夜の樹芝居の不思議 (2004年)「やぶにらみのアリス」パンフより

 広辞苑で「戯曲」を引いてみた。「@、上演を目的で書いた脚本。台本。A、@の形式で書いた文学。劇文学。」とある。
 秋深く催される恒例の夜の樹の公演が近づき、作、演出、俳優の和田周から、戯曲「やぶにらみのアリス」が送られてきた。読み進むうちに、「戯曲」というものが、舞台で上演される芝居から離れて、どのような自立した価値をもつものなのかをしきりに考える。戯曲全体をとおして訴えてくるメッセージを読み取ろうなどという殊勝な気持ちを抱こうものなら、和田周の戯曲はたちまち完全に不可解なものとなってしまう。広辞苑Aの「台本形式で書かれた文学」とは思えない。では、舞台でのハプニングを生み出すためのメモとしての台本かといえば、それは全く違う。(和田周の芝居はハプニングに過大の価値をもたせてはいない。)では何か。彼の戯曲は「純粋に上演を目的とした最初の行為であり、その行為は文字でなされる」のである。
 彼の芝居の目的は「芝居を上演すること」である。究極の芝居である。「芝居」であるから、そこには仕掛けも、言葉の緊密な関係も、展開も、時空の自在な変容もある。夜の樹の俳優達が積みかさねる稽古は、肉体行動をともなった言葉の応酬であり、どんな表現が戯曲のカラクリに生命を与えるか、一対一でひたすら<探し当てる>のである。そのとき、俳優の一人一人は、戯曲の従属物とはなりにくい。戯曲があらかじめ主張したいメッセージでもって書かれていないからであり、従って登場人物に特定の性格を与えることがないからである。ここでは役づくり、役になりきる、といった俳優修行は成り立たない。稽古の過程で作家、演出家、と俳優の関係はどこまでいっても一対一である。主従の関係が生じる隙間がないところで、芝居が産みだされる。夜の樹の芝居は、和田周の世界を世に主張しようという構造にはなっていない。にもかかわらず、和田周作、演出、俳優として四半世紀を貫いている夜の樹芝居は、どう考えても和田周の世界である。
 「芝居を上演することが目的の芝居」を、仮に純粋芝居と名付けてみる。純粋芝居に立ち向かうとは、禁断の木の実を食らおうとする行為ではないか。それに挑み続けて四半世紀、いまだに楽園を追放されない夜の樹は不思議である。それのみならず、一緒に食おうよ、と今なお観客に呼びかけているのだ。恐ろしいことだけれども、あらゆる既成概念をとっぱらってわれわれ観客も快楽をむさぼらなければ損である。

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記憶の魔法袋=ル・ピリェ (1995年)「吸血鬼の咀嚼について」パンフより

 丸の内や銀座界隈を〈東京の顔〉とすれば、池袋界隈はさしずめ〈東京の臀部〉ということになるだろうか。その臀部の少々複雑に入りくんだところを、さらに分け入って進んでいくと一つの小さな黒い穴に出会う。誘われるままにそこをもぐり込んでいくと、いつしか薄暗い不思議に大きく感じる袋の中に包まれていることに気付く。この袋に水を満たせば、これぞまことの<池袋〉ということになるわけであるが、それはさておきこの大きな袋こそ、小さな小さな芝居小屋、かの有名な「ル・ピリェ」というわけである。
 思えばすでに十五年、一度か二度の流産難産あったとはいえ、毎年秋深い十一月に<自伝芝居〉がここで生み落とされてきたのを御存じだろうか。一つの出産が完了するや、休む暇もあらばこそ、あの薄暗い袋への回帰願望に促され、次なる出産にむけて着々企みごとが開始される。たった一人の男の頭蓋の奥の底、そこは真っ暗闇の孤独地獄、そんな中から引き出される数々の記憶の断片、その男、力ずくでもって捏ねあげ練りあげそれを一つの塊に仕上げれば、あとは集団組んで勢いづけ、あの薄暗い袋へ向かってドッとなだれ込む。かくしてその男と集団の各員は、しばし袋の中から内壁を見上げ見下ろし後ろ向き、「ああ、また帰ってきたなあ…」と眩く。
 年ごとの企みごとは斯くの如くに進むわけだが、さて〈自伝芝居〉とは何か? ここで言う〈自伝芝居〉とは、<自分がたどってきた人生の起伏に満ちた物語を、ほぼ時系列に従って展開し、観る者の情緒をゆさぶる芝居〉とは違う。〈たった一人の男の頭蓋の奥の底、そこは真っ暗闇の孤独地獄、そんな中から引き出される数々の記憶の断片〉なのであるから、時系列や物語なんてありはしない。ただ無差別に床上にばらまかれた記憶と称する白黒の写真の群れだ。その一枚一枚を本人以外の者に覗かせようとて、それこそ何の興味も引き起こしてはくれぬ。ところが本人にしてみれば、その一枚のものすごいこと、もはや甘美で妖しげな光を放ちはじめ、己が心を捉えて離さない。さすれば何としてでもこれことわりを他人に届けたい。しかしそのままでは届かぬとあらば、ここから企みが始まるのはものの理(ことわり)。そこで記憶のカードは、仕掛けられたるもう一つの大罠の中で器用不器用あいまって、糊付けされたり剥がされたり、それは特異な調理法、仕上げは集団の肉体通して他人さまへと届けられる。一山の見事な料理に変身しても、元を正せば一枚一枚のカードであるのだから、登場人物に主役脇役あるわけはなく、さらにはそこに一貫した個性や性格の忍び込む余地もない、ましてやまとまった物語があろうはずもない。それでいて、いやそれでこそこの記憶の万華鏡、他には味わえぬ香りを放つ。これをひとたび〈自伝芝居〉と呼んでみたとき、秋ごとにあの薄暗い袋の中で、これまたここにやって来るお客様との問に交わされる秘儀の全貌が見えてくるというものだ。
 さて池袋も、サンシャインに始まって、やれメトロポリタンプラザ、芸術劇場と、今ではすっかり〈顔〉とみまがう厚化粧を施し、東京も何処が顔やらお腎やら、のっぺらぼうの得体の知れぬ怪物と化した。けなげにも「ル・ピリェ」だけが、その妖しげな周りに護られて、「ここがお腎なのよお」と、その痕跡を主張している。されば、そこを愛してやまぬ一人の男とその集団が、次なる秋にむかってひた走る。そしてその秋がやって来て、またしてもあの袋の高みから、作者の記憶をつい自分の記憶と錯覚し奇妙な快感味わって去っていく客があるかぎり・秋の今宵の「ル.ピリェ」こそ<記憶の魔法袋>というべか。

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