盟友古山桂治の紹介で氏の制作したスライドにナレーションのお手伝いをしたのが、二十歳代だった。それ以来、硬派の兄貴分として付き合ってもらっている。むろん、夜の樹の公演はずっと見守ってくれている。硬派の兄貴だから、叱るときも褒めるときも、ビシッと直球でくる。小気味良く腑に落ちる。和光大学の学長というクソ忙しい役職なのに、たった三日や五日間のぼく等の公演を、しかもいちばん忙しい年末に、毎年来てくれるのだ。よほど目を掛けてもらっている弟分なのだ。十年ほどまえ、息子が和光に入学したので挨拶に行ったら、「事前ではなく事後に挨拶に来たのは、良い心がけだ」と、このときも褒めてくれた。(和田)
見えないドア (2003年)「テーブルの上の暗闇」パンフより
周さんの造る舞台には、たくさんの目に見えないドアがある。穴と言ってもいいが、イメージとしてはドアである。舞台の上にしつらえられたちゃんとしたドアや窓枠などにごまかされてはならない。見えないドアは、四方八方、いや、八方どころか全空間のここかしこに、自由に存在する。ドアの向こうの空間は、空蝉の時間とは違う時間が流れていたり、ずっと遠い過去やはたまた遥かかなたの時間に属していたりする。異次元の空間かもしれない。登場人物本人が自分のくぐってきたドアの存在に気づかずにいることだってある。だから、大真面目に登場人物たちが会話を始めても、ズレが生じてくる。そこが可笑しい。
今はドアの向こう側と書いたが、そもそも、舞台がそのドアのあちら側なのかも知れない。これが癖ものだ。
「ホイ、来たな」と、こちらはドアのありかを想像する。そんな訳だから、突然、日常の中に潜む些細なことが、言葉となって過剰に舞台の中に充満することもある。そしてズレっぱなしの会話に笑いつつ、結構これがリアリスティックなのだと気づく。
空間の中に自在に存在するドアがある以上、「ご覧のみなさまに、高い舞台からお見せしちゃあ失礼だ。ご覧のみなさまには、ズズーっとすべてお見通しになるように、誰一人隠れようのない、谷底に舞台は設けさせていただいてやす」なんて台詞を周さんから聞いたことはないが、やむなき理由での一度を除き、周さんの作品は、常に観客が舞台を俯瞰できる小屋で上演されてきた。
さて、今回のお題はテーブルである。時にそれは、ちゃぶ台であってもいい。誰でも家庭を持ったとき、ともあれテーブルの一つは手に入れることであろう。子どもも、やれテーブルよりも背が高くなったとか、角に頭をぶつけたなどと、テーブルにまつわるエピソードをさまざまもって、成長する。いわば、テーブルは家族団欒の象徴だ。ダ・ヴィンチ描く「最期の晩餐」にテーブルがないと、そうとう間抜けなものになる。
自在に存在するドアを開けたてしたらば、テーブルはどのようなものを映し出すのか。ズレた台詞のかもしだす舞台が、上の方から俯瞰しているつもりの観客に思わず自分の心の中を観察させてしまう時、どちらが観ている方なのか分からなくなる。こうなると見えないドアは、舞台と観客の間にもあったこととなる。ヤレヤレ。僕には周さんの芝居には、そんな仕掛けが巧まれていると思う。問題は、こんな周さんの芝居にどんな身体の動きが、仕草さ、まあ一口で言えば「演技」が最適なのか。これだけはまだ、模索のうちと僕は見ている。
今回の舞台には、青年、若い女、男、老人と、世代を大きく跨った人々が一一人も登場する。たった二人で始めた「夜の樹」が、二〇回の公演を積み重ねて、これでけ多彩な人々を惹きつけてきたのだ。目出度いことである。すごいことである。