最首 悟氏には今回で五回連続でパンフに文章をいただいている。「パンフに続けて書くかたちで、和田周論を書いてみようか」という、氏の不用意なつぶやきに、電光石火、抜け目なくつけ込んだ僕の手柄である。氏とは映画「反軍Y4」に共演して以来のつきあいで、三十年になる。「夜の樹」のワークショップが土曜になるまでは氏の主宰する二つの塾の、真面目な塾生だったのだが、最近は、年に一回の、映画作家岩佐寿彌氏を交えた浮世密着型・非生産的高踏談合の集いが、飛び切り楽しい。夜の樹の芝居は全部観てもらっている。つくづく有り難い。)(和田)
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1997年
1981年
目的もないぼくだけど (2007年11月)「吸血鬼祭」パンフより
ブラインシュリンプという熱帯魚の繁殖に欠かせないエビがいる。この卵は乾燥してビンに詰められて売られている。海水を二八度くらいにして卵を入れると二四時間くらいでふ化してくる。種子はもともと乾燥に耐えるが、胞子もそうだし、卵だって長期の乾燥に耐えるものがあるのだ。だからミイラを温水に浸けたら生き返るのではないかと考えてもおかしくはない。現代的にはマイナス一八〇度の液体窒素に浸けて瞬間冷凍させる。いつか技術が進めば、解凍して心臓を動かせるかも知れない。その時まで冷凍状態で暮らそう。でも蘇生したら浦島太郎、では困るので、みんなで蘇生して一緒に暮らそうというのが、アメリカの蘇生協会のメンバーたちである。彼らがいちばん怖れているのが停電である。冷凍庫がダメになる。
一生にいっぺん血液を吸って卵を産んで死んでゆく。カやダニがそうである。じっと木の枝にしがみついて下を温血動物が通ると落下して血を吸うヤツもいる。じっとしている間は生きていると言えるのか。準生なのか準死なのか、準死だとすると、血を吸って生き返り、あっという間に死んでゆく、そのあっという間に「続ける」という「いのち」本来の仕事を遂行する。下を温血動物が通らなければ、ずっとずっと準死のままだ。「続ける」という意志だけが準死を支える。まさに「目的もないぼくだけど、希望は胸に高鳴っていた」(中原中也)のである。
犀の角 (2006年11月)「蓮の花」パンフより
犀の角のように、独り歩む、と死ぬほど退屈で、死んだらどのくらい退屈か考えた。死んだ世界はよほど広いだろうから、誰にも何にも出会わない。だから物音がしない。自分の息の音もしない。息の音が止るのは死ぬ条件だから、これは仕方がない。歩く足音もしない。足があってもたぶん何にも触れていないので音がしないのだろう。圧倒的な無音の静けさの中を独り歩く。疾く歩く必要もゆっくりあるく事情もないから、おのずから一定の速度で単調に歩き続ける。
犀の角のように、ただ独り歩め。
ひたすら歩き続ける。終着駅のない銀河鉄道。誰も乗り降りしない宇宙鉄道。犀の角のように独存が鋭ぎ澄まされてくる。独り歩くという意識しかないのだから、独存はどんどんとんがってゆくしかない。と、何が起こる? それが言えたら。いやさ、言えたとして。そんな無理な。あれっ、心外な。えっ、理も心内も無理も心外もとっくに過ぎ去って。ありとあらゆることの只中だよ。
あわいのあわや (2005年11月)「螺旋袋とじ〜キャベツ畑の中の遠い私の声〜入り」パンフより
死にそうで死なない、生きていそうで生きてない場をあわいという。死んでいるんだか生きているんだかわからないという宙ぶらりん状態とはちがう。宙ぶらりんは途方に暮れる状態であるが、あわいは切ない切実である。切ないとは打開する道がないことで、切実はまさに差し迫っている事態である。言い替えると、あわいは切々とした一切の場である。つまり、死は特殊場であり、生も特殊場であるのに対し、あわいは一般場であることが知られる。
あわいはあわい。光ろうとして光らず、闇になろうとしてなれない。薄墨なのか、乳白色のパステルカラーなのか、透明になろうとしているのか、不透明になろうとしているのか、そこには切迫した淡さがうかがわれる。生まれ出るのか、死に絶えるのか、死出なのか生滅なのか。淡い(ルビあわい)間合い(ルビあわい)は、未生であり未死の場であるのだ。いや不生であり不死の場であるといったほうがいいか。
こうしてみると、切々とした一切場であるあわいには、あわやが満ちていることが分かる。あわやとは、寸前の事態である。あわや、間一髪寸前で電車は止まった。あわや、あわ喰うところだったよ。はかない泡々。安房の粟飯。生も寸後、死も寸後、光も闇も、ほんとうもにせも寸後の事態である。あわや、シャボン玉は風前のともしび。あわいは静でも動でもなく、あわやに満ちているのである。
あわいには住めない。あわや笑うところで、笑ってしまう。笑ってはいけないのに笑ってしまう。つい笑ってしまう。生きてはいけないのに生きてしまう。死んではいけないのについ死んでしまう。そしてあわいのあわやを思うのである。思ったってもうおそい。
旅するカラカラの立ち寄り先 (2004年11月)「やぶにらみのアリス」パンフより
煩悩は一〇八だと思っていたら八万四千あるという。どういう数え方をするのだろう。一〇八の煩悩一つ一つがその否定も煩悩とすると二一六に増える。「食べたい」というのも煩悩なら「食べたくない」というのも煩悩である。ただ「牛肉を食べたい」という具体的な特定の欲も煩悩に入れてゆくと、はたして八万四千で収まるのか心配になってくる。もちろん心配も煩悩である。
それで、一〇八の煩悩を単位として、この単位自体もちゃんと数え上げられないのだが、どれだけの倍数になったら八万四千になるかしらと電卓をたたいてみる。
なななななんと、七七七七七……と果てしなく続く。意味があるのかないのか、なんとなくなやましくなまなましく、ながながしく、果てしなくだけが残る。八万四千は、煩悩は果てしなく続くというシンボルなのかもしれない。
それでも銀河鉄道に乗って、果てしなくどこまでも旅を続けると、いつしか一人ぽっちになって、すると比較する他者がいなくなって、つまり価値がはかれなくなって、つまり無量価値になって、天上天下唯我独ヽ存状態をずっとつづけると、いつしかカラカラの意識になってしまう。
そうなったら、一滴の水のごとき生の身がほしくなるかしらん。いや、そんな煩悩はもはやあるべくもない。でもとつぜんそのカラカラの意識がこの世に立ち寄ってしまったら、どうしよう。どんなに小さい出来事も、どんなにおぞましい事柄も慈雨のごとく降り注いで、カラカラの意識は生身にふくれてゆくのかしらん。
さて、わたしが生身なのかどうかが問題である。
ふいをうつ、ふいをうたれる (2003年12月)「テーブルの上の暗闇」パンフより
テレビで井桁崩しを見た。甲野善紀が古(いにしえ)の武術や鹿島神流から編み出した戦法である。戦法と言っても、ふいをつかれたときのせっぱ詰まった応対が主で、そしてまともに勝負となったとき、相手に全く覚られない身体の動きである。井桁は平行四辺形で、崩しとはそれを押しつぶすことだ。平行四辺形は平行な二つの両辺を持つ。この二つの両辺は押しつぶされるとき逆に動く。4つの支点もそうである。このバラバラに、逆に、動くことが相手のふいを打つ。相手が襲ってきたとき、構えて力をためて、力を放とうとしたら、相手にわかって備えられてしまう。身体は非中枢的に動かねばならない(内田樹「私の身体は頭がいい」)。つまりワニ的身体でなければいけない。いやさらに体の各所はそれぞれに円満的に完結して動かねばならないのだ。道元的身体はまさに至るところ円満する身体なのだ(梅原賢一郎「カミの現象学」)。
すぐに、当然のことながら、井桁崩しの達人が「相対」したらどうなるだろう、ということである。そして事態はすぐにわかる。何も起こらないのだ。というより、「相対」する事態が起こらない。つまり井桁崩しの達人は、それとして知られないのだ。プラトンの正義の人と似ている。正義の人は徹頭徹尾、正義の人と知られてはならない人である。ちょっとでも知られたら、それは正義の人ではない。つまるところ、達人も正義の人も「ただの人」で、そして「ただの人」でないところがいやらしい。
いやらしくないためには、ふいをうたれる達人は、ふいをうつ達人でなければならない。徹頭徹尾受けて立つ自衛の憲法(拳法)でなく、やはり何するかわからない攻撃的なふいの達人が真の魅力ある人である。しかし、くどいようだが、それが覚られてはいけないというところに、いまだネックは存する。
そのようなネック達人が相対すると、これは見物である。ふいに打ちかかる。もちろん柳に風と受け流す。と思うと反転してふいを打つ。はじめに打ちかかった方はもちろん、非中枢的に受け止め、瞬転、反撃する。永久に続く試合の幕開けである。そのうち双方とも達人度は冴えわたって、ついに実体を覚られない影になる。歌謡曲「旅の夜風」(昭和13年)は「風に揺れるは影ばかり」と謳う。実体はヒソと動かぬ。いやもう、実体はないのだ。
で、影どうしのふい打ちを見に行こうか。どうやってみるのかな。
薄れかけた霧に浮屠 (2002年11月)「つたえてよフランケンシュタインに」パンフより
霧の中を修羅が行く。青黒い修羅が眦を決して憤霧を吐きながら行く。「もし芸術といふものが/蒸し返したりごまかしたり/いつまでたってもいつまで経っても/やくざ卑怯の逃げ場所なら/そんなものこそ叩きつぶせ」(宮沢賢治「詩への愛憎」、『春と修羅』第三集より)。
「無畏無畏、断じて進め」と修羅は自分を鞭打つ。修羅は霧をつくり霧を食べながら霧を行く。「濃い霧のジェリー」をのんだり食べたり、「霧のあめ」をなめたりするのである。霧は「いっそう繁くなり」、こちらを修羅は見ることができないし、こちらからも修羅は見えない。修羅は大きな塊の自閉空間をつくりだし、生きている限り自閉空間を行く。しかしブラックホールからも光が滲み出してくるように、霧もまた滲み出し流れ、ゆがんで段差をなし、裂け目をつくる。
そこに混沌と野蛮の世界があらわれ、揺れ動く迷路の中に亡霊や妖怪や悪魔が登場する。霧はまた流れ、「穏やかで、ふんわりして、柔らかく、綿のように」(アラン。コルバン『風景と人間』)に広がり、乳色に光る。修羅はそのことを知らない。そして修羅が死んだとき、世界は暑く乾いてしまう。それを晴れ上がりだと待ち望む人間もいるそうだ。しかし、まだ修羅は生きている。「老いの屠者」として、「浮屠」として、半分人間になりかかって。しかし、まあ、宮沢賢治は「老いの屠者」とか「浮屠」とか、よくも心象したものだ。修羅は半人間になって、それとも人間が半修羅になって、どちらにしても「浮屠」に変わりなく、霧が薄れかけて……。
「なんて物悲しい朝なんだろう」。
半喪失 (2001年11月)「真後への帰郷」パンフより
記憶喪失とは、記憶を失ったということをわかっていることである。どうしても自分の名前が思い出せない、ということを自分が知っていることである。そうすると記憶を喪失したことを喪失するとどうなるだろうか。 精神神経科医のオリバー・サックスのカルテ、すなわち患者一人一人の物語のなかに、1957年で記憶が途切れている朗らかな青年の症例が出てくる。彼は1957年を生きている。今は2001年なんですよと縷縷(るる)説明すると、青年はだんだん不機嫌になってくる。でもだいじょうぶ。診察が終わると、彼は説明されたことをすぐ忘れて朗らかになるからだ。 この青年は、記憶喪失を喪失している。まことに奇妙だが、私たちがふつう経験していることからほんのちょっとずれただけの状態かも知れない。私たちはごくふつうに、喪失の半喪失というような状態を経験する。 例えば眠ろうとする。眠れない。まだ寝ていないなあと思っているうちに眼が覚める。眠れなかったとぼやくと、うそっ、いびきかいてたわよ、などと言われる。時計を見ると、たしかに思ったより時間は経っている。しかし眠ったさわやかさはない。眠りを目覚め状態の喪失とすると、私たちは眠り込むと、目覚めを失ったことを意識して安らぐ。自分は眠っているんだということを意識して、これで疲れはなおる。さわやかな目覚めが待っている、と意識しながら眠っているのである。この意識を完全に失うと、つまり、目覚めの喪失の喪失は、たぶん永遠の眠りと呼ばれるのだと思う。 眠っていながら眠れていないと意識するのは、目覚めの喪失を半分失ってしまっている状態である。目覚めの喪失をきちんと意識できないのでいらいらして、いつまで喪失できないんだろうと途方にくれる。 それが高じて、目覚めの喪失を半分より以上に喪失しはじめると、死が頭をよぎりはじめる。つまり、眠りが生に置き換わって、生の喪失の喪失の予感が起こってくるのだ。 その果てに、ちっとも死んだ気がしないという状態が展望される。これはそうとうひどい状態である。そしてそうとうに笑える。
八つ目の大罪 (2000年11月)「な・・・七つの大罪」パンフより
ヤー、八つの大罪。大罪は実は八つあるのであり、大罪中の大罪は八つ目におかれているのだ。事の次第としてそういうことになっている。神の名をみだりに呼んではいけないように、大罪中の大罪は、大罪の中の別格官弊社で、ふつうはカッコでくくられていて、数え上げてもいけないくらいなのだ。別の言い方をすると、この大罪を犯すとどんな罪に問われるのか、罪というものは犯すとどんな報いがあり、どんな罰が科せられるか、人々が直観的に把握しなければ罪として定着しないのだが、この大罪の大罪たる所以は、人々がそれとして直観できないという特質を持っている。それは実に大罪中の大罪と言えないだろうか。
大罪を束ねているのが原罪である。原罪とは人間が自然を離れて自立しようとした罪で、それはすなわち自意識を抱いたことだ。七つの大罪とは、いずれも自意識と本能的欲求とのせめぎあいを意味する。自意識とは自分(主体)が自分(客体)を意識し、分析し、評価することだから、絶対に明晰に達することがない。人間は透明な楽園を自意識を持つことで不透明にしてしまった。本能的欲求との格闘なんて、まさに世界をどろどろにしてしまったのである。
しかしながら自意識こそ人間の証である。意識をいつも意識して生きる、原罪を常に自覚して生きることが人間である。ところが意識は途切れる。それには、人間の都合で途切れてしまうのと、世界の必然で途切れるのと二つある。後者の途切れに対する人間の態度が問題で、意識は人間以外にも広がっているのに、意識の途切れも、それに対する態度も人間にしか表れないので、大罪の中でも、別格の位置が与えられたのである。
もうおわかりだろうか。八つ目の大罪中の大罪とは「笑う大罪」である。和田周は、そもそも、この大罪中の大罪の贖罪を目指してきた。集まってきた衆に笑う大罪を犯させ、もってその罪深さを自覚させようとする。
すこし注釈が必要である。ベルグソン先生は笑いは無関心によるとおっしゃった。無関心は罪に当たる、でも先生の関心はそこにはない。人は何かに熱中しているとき笑わない。人は食べながらセックスしながら、泣いたり怒ったりなどすることはできるが、笑うことだけはできない。だから笑いは無関心からと先生は論理づけた。でも人は無関心なことに対して笑うだろうか。笑わないな。無関心ということをもう少し追究しないといけない。
稲垣足穂は、世界は斜めに見ないと見えないと言った。道の両側に斜めに板がドミノ倒しみたいに置かれている。真っ直ぐ見つめて歩いたのでは何も見えない。斜め前方、あるいは斜め後方を見て歩くと、板と板との隙間から世界が見えるのだ。それで、人は正しく斜めに見る作法を身につける。すると、反転が起こって世界はスリットによって不連続化されていると意識される。このスリットにはまりこむとき人は放心する。放心から抜け出すと、つまりスリットから抜け出すと再び世界は続く。どのようにか。順接か逆接か飛躍か。前の場面と次の場面が連続するとき人は平静である。まったくつながらなくなると離人症と言われる。つながりながらつながらないとき、何らかのずれが生じたとき、人は笑うのである。無関心即ち放心は対象を失った意識であるが、それでも自意識は残る。次の場面が連続する保証は世界のあり方からして、一切ないのに、自意識が前の場面の残像の影響を受けながら、スリットと格闘して次の場面の予見をはらませる。次の場面とその予見のずれが笑いとなる。実に大きな罪ではないか。自意識と世界のスリット(放心)との格闘こそ別格の大罪なのだ。和田周の芝居を見る今日、私はまた大罪中の大罪を幾度となく犯す。きっと。
モチモチする (1999年12月)「微熱図鑑」パンフより
「モチモチするって?」「いや、そのう、もうやってくるでしょう」「ああ、なるほどね、雑煮とか」「あ、関係あります。でも、その前に……」「クリスマスとか」「いやあ、そうではなくて、あの有名な、毎年やってくる」「えっ、わかりません」「ほら、夜の樹お芝居」「なんです?」「モチモチするんですよ」「何が?」
クスクスとか、ムズムズとか、ワラワラとか、説明すると長くなるし、土台、引きずる感じなので、二回続けるのである。「モチモチする」もそうである。ただモチは、「モチがいい」から始まって、餅を第一に連想させる。この餅が奇怪至極、曲者である。カチカチからムチムチ、スベスベからズルズルまで変容する。一般的には「ねばり気があって歯ざわりがよいさま」かと思えば、「粘っこく、歯切れの悪いさま」になるし、「液体の濃くてどろどろしているさま」でもある。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、その勇壮なるさま、というのもあるが、出来立ての餅を、際限なく呑み込むさまもある。手で細く、しごきながら呑み込むのである。祭事である。口元から喉、食道を通って胃につながったままトグロを巻く。だから逆に手繰り出せば、サナダ虫のごとく餅が出てくるだろう。
「モチモチする」とは、切れないことである。「モヤモヤする」、「モウモウ(蒙々)する」は親戚筋だが、粘りに欠ける。餅を引っ張る。際限なく引っ張る。切れない。肉眼で見えなくなってもつながっている。しかもそのテンションが時々刻々、環境のあり方によって変わる。餅は凧。「いかのぼりきのうの空のありどころ」。その心は。まず切れないさまを思わなければなりません。糸の切れた凧、それは思い違い。切れたと思ってつながっているところが餅凧なのです。糸の持ち手はサブジェクトで、凧はオブジェクトであるか。否。それは「二元的一元性をもつものであって、二つのテンションは不可分であり、意識とはインテンションであり、空間とはイクステンションである。力としてのテンションが内に向かうとき、そこにインテンションと意識の観念が成立し、外に向かうときイクステンションと物質の概念が生じると考えたい」。日本で初めて医学概論を講じて、医術と哲学を結びつけようとした澤瀉久敬(おもだかひさゆきと読む。歌舞伎に澤瀉屋があるでしょう)の言で、ホールデーンにつながる。ホールデーンにあっては、生物と環境の間に判然としたけじめがない。
餅を引っ張る。ゴムのようでゴムでない。引っ張って離れた二つのかたまりは片方はモノで片方はココロ。いやココロとココロ。あなたとわたし。私と私のからだ。私の身体とあなたの心。私の心とあなたの身体。斥力と引力が艶っぽく張りつめて、切れたと思ったらつながっている。人はそれを思い出というが、とんでもない。そんなたやすいものではないのです。粘り気があってツヤツヤしていて、ネバネバとまとわりついて、ムチムチとはねかえされて、モチモチする。
「切ないねえ」「そうですとも。そんな当たり前のことを言ってはいけません」「でも親切ってそう当たり前ではないでしょう」「本当にそうですとも。子どもの縁を切るならまだしも、親の縁を切ってはいけません。それはもう大切というものです」「えっ?」
切るとはたいへんなこと。だから切らないままで、グズグズ、ズルズル、グツグツ、ブツブツ、ドロドロ、形をなくしてアモルフでアマルガムで、昔も今も、あなたもわたしも、時間も空間も、区別がつかなくて、ああ、命だなあ、とモチモチする。
「でも命には作法が」「やあ、そのとおりです。切なさも寂しさも底なしですからな。キチッとけじめをつけて生きましょう」「いや、その、命にはおのずからのキマリ、法則があると」「なんと、そういうおこがましいことを言ってはいけません。意味も法則も、果てなき彼方ですぞ。だから作法を守るのです」
どっちもどっちだ。なにが果てなきだ。なにがだからだ。ピシッと決めようぜ。ピシッと。
うあー、モチモチする。
ゼロ割り体操の季節 (1998)「夜の隣人たち」パンフより
学校で絶対してはいけないと習ったモノゴトがあるだろうか。絶対人を殺してはいけません。絶対嘘をついてはいけません。絶対盗んではいけません。絶対姦淫してはいけません。絶対・・・。
こうして振り返ってみると、私たちの通った学校では「絶対」は触れないことになっていることに気付く。でも「絶対」がないと示しがつかないのではないだろうか。開国にあたって、西欧の「絶対」に触れて、伊藤博文たちは頭をしぼって、ドイツの「絶対」制を輸入し、日本的「絶対」制を造り上げたのだが、そう簡単に「絶対」が身に付くわけはなく、あちこち綻びて、敗戦を迎えた。1946年1月1目の年頭所感は、明治を遠くするどころか消してしまった。そんなに大げさに言うことではないですよ。ぱっくり開いた傷口をバンドエイドでフタをしただけなので、そのバンドエイドが剥がれただけ。
かくのごとき次第で、学校から「絶対」が消えたのだが、しかし考えてみると、やっぱり「絶対してはいけない」と教わったことはあった。あったどころでなく、私が大学に入ったのも、高校では足りなくて、予備校で手を変え品を変え口を酸っぱくして注入された教えを、やっと身につけたお陰なのである。
ゼロで割っては絶対にいけない。
私たちは明らかなゼロが出てくれば、理由はともかく、そのゼロで数字を割ってはいけないことはわきまえる。ところが隠れたゼロとなると、ついうっかり割ってしまう。受験数学とは、いかに巧妙にゼロを隠して受験生にそのゼロで割らせるように仕向けるかという、人の悪さの見本のごときモノである。
ゼロで割るなは至上命令である。
どうしてか。答えが不定になるからである。不定とは決まらないことである。どうして不定なんですかと質問すると、はや険悪の気配が漂い出す。まだ早い、そんなこと知らなくていいんだ、つべこべ言うな、果てはふてぶてしい不邊の輩扱いされて、不貞くされる。悲しいかな、「絶対」とは文句なく引き受けることだということが質問者にはわかっていないのである。しかし、算数といえど、数学のウチで、数学は学問で、学問は厳密で、厳密は論理的で、それなのに、ただそのまま呑み込めと言われたって承服できない、と思うような子は算数嫌いになるか、算数を単なる実用的算盤の一種と見なすようになる。
「絶対」は引き受けてしまわないと、「絶対」の問題に入れないのだよ、それはちょうど「死」を引き受けないと「死」の問題を扱えないのと同じなのだよ。
小学校の中学年で、わり算を教えるのなら、絶対にこのような教育が必要である。
ゼロで割るなというキマリを文句なく引き受けること。そんな理不尽な。私は子どもたちにそんなこと言えません。ゼロで割ってみて、そしてゼロで割っちゃいけないってこと納得させます。
さあ、みんな、5割るゼロはいくつですか。
5だと思います。お父さん、水割りやお湯割り毎晩呑むけど、割るって薄めることだから、それでゼロって何もないことだから、何もないので薄めても薄まらないから、もとのままだから、5だと思います。
ちがうと思います。ゼロはすごく小さいことだと思います。ガリバーが巨人の国に行ったらすごく小さくなったのだから、ゼロから見たら5はどんどん大きくなるので、5よりもうんと大きいと思います。
5が大きくなると言ってはいけないと思います。ぼくはハンバーガーを一度に五つ食べられるけど、巨人の国ではガリバーにとってハンバーガー5つは何食分にもなると考えて、ガリバーが小さくなればなるほど、何食分が増えていくのだと思います。
うそです。ガリバーが小さくなればハンバーガーも小さくなるので、それをぼくが見ていたら、両方とも見えなくなってしまうので、答えはゼロです。
なんだかわからないけど、割るって分けることで、ケーキを切って分けるって言うけど、最初食べる人の数を数えて、その分だけ切って分けるのだから、食べる人の数が決まらないといけないと思います。ゼロってまだ決まらないのだから、とにかく切ろうとか言って切り始めたら、食べる人がどんどん増えたら、それに合わせて切って行くので、それでどこかで止めなくちゃいけないのだけど、止まらなくなって、それでわかりません。
いまのは、食べる人数を考えるからおかしくなったのだと思います。ただ切るってことだけにしておけばいいと思います。ゼロで割るって、ただ割るだけなのだと思います。いくつになるかとは別のことだと思います。
そんな、5割るゼロはいくつですかって言われて、はい、割りましたなんて、恥ずかしくて言えないよ。先生だってオチョクルなって怒るよ。そうでしょう、先生。
うん、まあ、とにかく、つまり、この問題はなかったことにしましよう。
はなはださえない結末になつたが、先生は生徒に触発されて、内心、なるほどなあ、割るという営みねえ、ケーキの切り口かあ、宇宙の切り口は宇宙じやないのだなあ、宇宙じゃないって、じゃあ、何なんだ、してみると宇宙は割ってはいけないのだなあ、しかし、割るなあ、などと思って、やや、しあわせ。
一義的に決まるとは何と不自由で窮屈だろう。しかしその対極としての不定は自由なのだろうか。住所不定はただ困っているだけか、何ものからか逃げ続けているだけだ。
やっぱり縛られなくてはいけない。しがらみにからめ取られる。そしてそのしがらみを拒否する。私は教師だ。否。私は日本人だ。否。私は父親だ。否。私は頼られている。否。私は生まれた。否・・・。否。・・・。否。私を一義的に規定しようとして、私は『・・・である』とすると、たぶんその答えに私が満足せず、私は別の「・・・である」定義を試みようとするだろう。しかしそれは切り取られた部分である限り、私は満足せず果てしなく、定義を続けてゆくだろう。思うだに疲れる。
それに比べると、イナはなんと軽やかであろう。私は教師だ。イナ。ここで止めてしまっていい。私は教師であることについて、十分具体的にその要件を言うことができるし、私はいやいやながらだけで教師をしているわけではない。率先して縛られている向きもある。そしてイナ。カをこめて言ってもいいし、眩いたっていい。それだけで、私は教師からリークしてゆく自分を感じることができる。沁み出して拡がって行く自分。容器から溢れる。容器に詰められない、詰まらない自分。
もう少しぜいたくをしよう。私は日本人だ。イナ。ああ、また泌み出してゆく。まかりまちがっても、無国籍だ、コスモポリタンだなどと口走ってはならない。快楽が消えてしまう。
しかし、ときどきは大盤振舞をしたくなる。豪勢にやろうや。私は生徒だ。ゼロで割れ。火花が散るぞ。無限小、無限大、ワープして多重世界、光速なんてクソくらえ。高速、拘束、校則、梗塞、えっ、なんのこと、小さい小さい。いや、いや、自分が微塵になって、すりぬける。私を掬おうたって、そうはいかない、あんたの網の目は大きすぎるよ。なんせ、今、際間に居るんですから。切り口に居るですよ。切り口って、ほんとうに退っ引きならないんですよ。不条理ってそうだと思いません? 私は生まれた。ゼロで割れ。ああ、私は居る。私は溶けているのに、私が居る。不条理ではないですか。痛切ではないですか。笑えるではないですか。
ときに豪勢は捨てがたいものの、やはり息がきれたり、立ち眩みがしたりするから、日ごろの訓練が必要である。毎朝起きたらゼロ割体操をしよう。人生80年、朝は3万回弱、なんて数えるといかにも少ないイジマシイ回数だが、万華鏡×3万回だと思って我慢する。作法はまず、私は・・・だと名乗らなくてはいけない。胸を張って大きく息を吸って「・・・である」ことを引き受ける。そしてゼロで割る、実無限やら可能無限やら、超限数やら、そういう名付けがされているような中味がゴチャゴチャ飛び交って、何が何だかわからない。身体はやわらくクニャクニャになる。
とはいえ、三日坊主の私は、せめて10月に入ったら、いや、15日過ぎたら、ちゃんとやろうと毎年思うのである。なんせ、10月末から11月にかけて「夜の樹」公演があるからだ。
はやばやと出かけで、1番前の席に座って、さて、これは芝居だ。イナ。ゼロで割れ。オレは観客だ。イナ。ゼロで割れ。何が何だかわからない。溶きほぐされて、笑いがこみ上げて、悲痛で、突如としてトラウマの傷口がヒリヒリして、トラウマと傷口の関係がわからなくて、1時間アッという間に経って、なにしろ体力が要るのだ。「時間とは一瞬間の中に閉じこめられ、2つの虚無の間に吊された現実である」(バシュラール)などと言う人がいる。なんだかわからない。でもそうだよねえ。時間を芝居に変え、現実をわが生活に変えよう。
芝居とは瞬間の中に閉じこめられ、二つの虚無の聞に吊されたわが生活である。
瞬間のわが生活をいくら足しても、わが生活になりそうもなくて、しかし足すまでもなく、そこに確固としてあって、そしてその重さをどう受け止めようというのか。夏がギクシャクと過ぎて、私も体操に励んで、もはや公演の当目である。
わたしは…(今朝の雪によせて) (1997年) 「今朝の雪」パンフより
もの忘れが進んできて、嘘ということが気になりだした。
もの忘れがはじまる頃はイライラすることが多い。心が安まらず絶えず忘れてはいけないと気にかける。そのために、忘れているとハッと気付いたときのショックは大きく、もっと緊張して時を過ごさねぱと思う。しかも容赦なく忘れる度合いは進んで行くので、それに抵抗しようなどと構えているかぎりイライラはつのってゆくのである。
今はどうやら次のステージに入ったらしい。忘れまいとする抵抗は無益だと感じはじめて、かつ忘れっぼいのは昔からで、例えば酔っぱらったときなど完全に記憶をなくしていたし、たぶん都合の悪いことはみんな忘れているはずだ、生理的に忘れてしまうことと心理的に忘れてしまうことの罪の重さを比較すれば、今の方がよほど人問的には害がないではないか、というふうな回路に入ってゆく。すると嘘が気になり出すのである。
椅子から立ち上がって二、三歩進んで、エッ、なんで歩いている? と思う。そんなことは、重大な嘘をついたのを忘でこれまで安穏と暮らしてきたことに比へれば、ほんとうに何でもないことなのだ。もちろん人並みなのだからそう安穏としてきたわけではない。忘れられない嘘があるし、思い出して居ても立ってもいられない嘘がある。しかしそれはひょっとして煙幕なのではないだろうか。思い出せる嘘は軽い虚で、重大な嘘を掘り起こさないための安全弁として働いているのではないだろうか。そして無意識は別として、意識的には重大な嘘が永久に忘れられているとすれば、私はそんな嘘はついたことにはならないことになる。
嘘は事実、真実、ほんとうのことを前提にして成り立っている。だから、ああ、嘘をついてるなあ、と自分で思うとき、わたしは主観的には正直者である。嘘をつき続けていると思い続け、実際に嘘を覚えている間、私は正直者でいられる。
というよりは、「私は……である」という自己把握が出来ているという真っ直ぐさをもっている。片方にほんとうのことがあり、片方でそれを隠す、その理由はわかっているという事態は、人生の目的にしても価値観にしても一応あって、その下で整合的に生きていることを意味する。単純に言って、何が事実で、何がほんとうというふうに仕訳が出来ることがすばらしい。それに自分の記憶カに疑いをもっていない。
しかし、そのようなストレートさの上で、「私は……であるか」とか、「これは事実であるか」とか、「ほんとうは知られるか」などを問題にして、あれこれ考え、場合によってそれを仕事として暮らすことができる。大学では「哲学」学をおよそ「哲学」と関係のない者がやっていると喝破して哲学教授を辞めた人もいる。
「いったい私は何者であるか」とか「真は知られるか」というような問題を追求する私の、「私は……である」という真っ直ぐさは、「私」や「真に」ついて疑問をもっているがゆえに、しかもその疑問は、実は嘘によって反照されるほんとう、あるいは嘘をつく私によって反照される、すなわちそこにあるかのように浮かび上がるほんとうの私があるからこそ生じるのであって、だから、私の真っ直くさは、嘘をつくことによって、嘘をついたという自覚によって、そしてそれを記憶するということによって成立しているのである。
それを、嘘をついたことを忘れているのではないか、しかも重大な嘘ほど忘れているのではないかという気持ちが、もの忘れの事態にすこしなじんできたときに起こるとなると大間題である。
はじめて「私は」は絶句する事態に至ったのである。あるいは「私は」と「……である」のあいだに空白が入り込み、その空白を排除して「私は」と「……である」をつなぎ直したと思ったら、接続法はいくらでもあるのではないかという思いに駆られ、そうなると「私は何であるか」を真っ直ぐ問題にできた自分が、前世の私であるかのような断絶感が起こってくることになる。
「それだけですか」
ああ、何と優しいしい言葉遣いだろう。
もの忘れが進んで、私がたった一つの嘘の記憶しか持てなくなったとき、事態はまた反転しているのであって、それは「たった一つ」ということによって、その嘘に格別の意味が生じてしまっていることによるのである。忘れなかった「たった一つの嘘」、忘れられなかった「たった一つの嘘」は、反照的に格別のほんとう、事実を浮かび上がらせてしまう。私はここにおいて、使いい込まれた貧寒な「私は……である」。「私はそも何者?」と問いながら、私は「私は……である」と自己把握していた、そのゲーム性からせっかく私は、「私は」・「……である」になりかけたのに、今度はゲームも何もなしに、「私は……であらされて」しまうのか。そんなはずはないのよ、あなたそんなことあってたまるものですか、あなた。
「それだけですか」
しかしその言葉の優しさはまだ予感としてある。言葉は「たった一つの嘘」という貧しさでなく、「たった一つの嘘」がどうしてそんなものであるかという内容を問題にする詰問としてそこにある。しかしすでに優しさは止めようのない霧のように発生しているらしくも思える。
それにしても、霧は霧としていつ知られるのであるか。考えてみれば、私は何であるかを訊ねた「私は……である」私にとって、最終的答えは二つの対極にあるらしく思えるだろう。一つは「私は私である」という超越である。私は意味を越えて存在するのである。一つは「私は私である」ことの不快である。自同律の不快である。どちらにしてもその先はない。しかしハイデガーにしても、埴谷雄高にしても、これらのことを問題にした菅谷規矩雄にしても、もの忘れに悩んだ形跡はない。もの忘れによるモラトリアム、すなわち「私は」・・・「……である」という間延びの滑稽さ、奇怪さを取り上げたようには思えない。
嘘をついたことを忘れてしまう私の不確定性というテーマは論説にはならない。悲痛すぎて深刻な小説にならない。悲痛すぎると人は笑うしかないからである。
全くの空白の記憶のなかにポカリと一つ嘘の記帳が浮がぶ。何の意味もなく浮がぶ。いやいやそういうわけにはゆかないのですよ。いくら抗弁したってダメです。「一つ」ということに意味があるのですからね。意味がないというからには、とりあえずその他大勢でなくちゃ。
せっかく「私は」・・・「……である」になったのだから、「……である」を箱の中にいれてかき混ぜて取り出せるはず。昨日の私は今日の私というストレートさをあなたは失ったのだ。つまり時空的順序配列についてキマリを失ったのだから、それっ、もう少しがんばって接ぎ直して見ろや。「いかのぼり、きのうの空のありどころ」ってか。
いやいや、あなた、シェークスピア劇場に行きましたらですね、今日は全作品が期待される日だというのですわ、そりや、一つしか上演しませんけげと幕が上がるまでどれが上演されるのかわからないというのですわ。いや、それは聞き違いです。幕が上がったとたん、全作品が上演されとるのです、ただ、あんたはその内の一つしか見られないという劇場に行ったのです。この多重世界もどこかに書いてあったなあ。
そうですか、若いときは嘘をついたとばかり思っていましたが、それは違う世界が接続されただけで、べつに嘘ではなかったことになりますか、接続にキマリがあれば嘘は嘘ではなくなるわけですね。しかし接続法が知られないとなると、嘘もほんとうもなくなってしまって、しかし起こったことは起こったことだから、それは事実でしょうが、多重世界のどれかから見ている限りは、それは憤慨するというよりは荒唐無稽でありましょうね。いや悲劇ですか。すると笑うしかありませんか。しかし、『鳥(バード)』の赤ん坊をとりあげた院長のように、子どもじみたくすくす笑いはしたくないですねえ。いや、笑いは選り好みできませんでねえ。お里が知れるのです。エッ、ひょっとして思わず笑ったりすると、今までの議論はすっ飛ぶことになりますね。そんなことはありません。笑うことは本人の継続性をなんら保証しません。ほら、一番前で観ているあの人実に多重世界的笑いをしているではないですか。人格統一はとうに失っているのです。いや、一瞬前に笑ったことを忘れているのです。その都度、新しい笑い、ですか。そうです、離人症的笑いです。
「それだけですか」
ついに私は接続法も忘れて、絶句するだろう。「私は」・・・。「それだけですか」にうながされて、ついに私は旅立った、のか、退行したのか。ラカン的笑いの瞬間のその前へ。赤ん坊は鏡を見て笑う。その瞬間、分離の不幸が始まったのだ。
「「私は」…」である私は、今「たった一つ」の記臆も失った。この芝居はまだ人が言葉をもたなかった頃のお話ですが、なぜか登場人物は言葉をしゃべります。そこは深く考えないで見て下さい。そんなナレーションで始るまる芝居。
私は意味もなく、ただ「「私は」・・・」である。私は「それだけですか」に抱かれる。無限の優しさがまとまりのつかない無意味を抱いている。どこにも行きませんからね。どこにも突き抜けませんからね。
私は「「私は」・・・」
漂私は漂私をもとめるということ (1981年11月)「キャベツ畑の中の遠い私の声」パンフより
あぶないなと思う。
1980年夏、乙骨淑子がガンで斃れて、追悼の席上で、グングツの響きが、という挨拶を聞いた。表現にたずさわる者が、乙骨さん待っていて下さい、わたしもすぐに行きますから、などと話すのを聞いて居たたまれないところへ、グングツが出てきた。なるほどグンカの響きといったのでは誤解されるとも限らないので、グングツというのだなと考えた。
そういう反応しかおこさないことを、あぶないと思う。軍靴の響きというアジテーションをうけつけないのではない。そういう事態はおこらないと思っているのでもない。ただ感性的に波立たないのである。そして芯みたいなところで、実際にそういう事態になったらオレはどうするという問いが凝っていて、それは年来的な凝りなので、別に答えようという気にもならない、というような状態をあぶないなと思うのである。
あぶないなあと思う。
「自分の個としてのアイデンティティーと、自分がそのなかで自由に解放されて生きる共同体のアイデンティティー、そのふたつの自己同一性の一致(アイデンティティズ・アイデンティティ)をどのようにして実現するか? 「・・・××君よ、きみがひとりの市民としてのきみの個を確立し、かつそのような自分が自由に解放されて、しかも望んで属してゆくべき共同体をしっかりと把握して、きみの青年のアイデンティティーの危機を乗りこえることを希望する」
こういう文章(大江健三郎、核シェルターの障害児、世界、1981. 6月)を書くにはどのような素養を積めばいいのだろうか、とじっとみつめている、というような反応しかおこさない自分をあぶないなあと思う。
ほんとにあぶないのは、まだ個の確立がないところで戦争がおこる、というような思い入れに、未練たらしく反応していることだろうに。
あるとき、苦しくて、私は自己表現のなかにいないと考えると精神衛生的にたいへんよろしいのではないかと思った。
けっきょくは、滅私と個の確立のはざまで、わたしの私性は漂ってしまって、それも個の確立のほうに色目をつかいながらなのだが、しかしどうにも始末に終えなくて、中間的存在とは、ひっきょう漂私であろうと定めた。
場があって、そこに自分がいて、思いもかけなかったことを、感じたり、いったり、したりしてしまう。実に、なんというか、情けない思いがあとでする。一人閉じこもって、考えぬこうと姿勢を正しても何もでてこなくて、そして、そこに他人がしいるとなると、こういってはなんなのだが、自分で自分に感心するようなことがおこるのだ。
ただ、それは同時進行的な惚れ込みであって、他人がそこにいて、わたしがそこにいてという場がきえると、すべて無というようになってしまうのだ。
だから孤独には耐えられない。
いや、耐えるも耐えられないも、どうでもよくて、要するに自分で自分を発見することが一人ではできなくて、退屈だというくらいの意味である。ちょうどミザントロープの反対みたいな受身的存在なのだろう。独力で何かを生み出すという剛毅なありようではないのだ。
それで、アドリブ派というようなレッテノレもつくことになるのだが、たとえば酒の上の席でいったことを、あとで思いかえそうとして全くの空白であることに、がくぜんとしてしまう、といったことが、酒をのまなくてもおこってくると、行動的ラディカリズムの一員ということにもなるのである。
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文台をひきおろせばすなわち反故(ほうご)なり
終ってしまって、あとで反芻してみても、全く索莫としているのは、何もセックスだけにかぎらない。その索莫としているときに、わたしは私性を保持していることができない。わたしの私だる光輝のかけらもないようである。面白うてやがてかなしき、とはちがう。卒然と無なのだ。しかし、わたしが私であり得る場を、わたしは私の力でつくるこが私であると認め得る場は、なんらかの準位の共同性を媒介にしなければ成立しないのだから、そこでわたしが認め得た私は、ほんとは私ではない。だからといって、ごく小さな萌芽をひめているにしても、類ではない。わたしは、その意味でも、漂私である。みわたすと漂私はそこここに見出だせるのであるが、少なくとも、漂私には字義通りの意外性だけは期待できるのである。新しい出発のために。