「キャベツ畑」と「赤いツェッペリン号」は、氏に叱咤激励されて書いた。このもらった言葉と当時の劇評を読み返してもつくづく(目をかけられていたのだな)と思う。ありがたいことだ。だが、「蝿取り紙」以後、劇場に来てくれなくなった。明らかに匙をなげられたのだ。悲しいことだ。
02年11月、掲示板に氏から嬉しい反論が来た!そのまま掲載。
「初めてこのホーム・ページを拝見。もらった言葉」にある佐々木幹郎(「幹朗」ではないよ)の紹介文。「匙を投げられてしまった。悲しいことだ」というのは、大きな間違いです。
誰が、和田周に「匙」なんて、投げるもんですか。
わたしは、いつも「匙」をくわえているんです(笑)。
ところで、戯曲集、ありがとうございました。
これから楽しみに読ませていただきます。」(和田)
バベルの塔の上の役者 (1981年11月)
役者というのは何とまあ、きわどいことまでやってしまうのか、というのがこの戯曲の草稿を見せられたときの最初の印象だった。きわどいというのは、この作品の中に含まれている犯罪の性質について言っているのだが、作者でもあり劇中ほとんど一人で喋り続ける役割を与えられている和田周が、現実とフィクションの隙間の中に、すべりこもうとすることで勝利してしまう、あの役得とでもいうべき至福感の中にいることが、わたしから見るとたまらない犯罪なのである。ナルシシズムの権化であるくせに、ナルシシズムそのものを演じてみせるとそこから抜け出してしまう一人の男がいる。いや、彼は劇が終ってからもナルシシズムの塊のままであるだろう。しかし、ル・ピリエという舞台空間はナルシシズムから完全に解放されてあるだろう。つまり、和田周という男は自己の弱点を守りきったまま、舞台の上でだけ解放された存在として生き残る。
これはずるい。ずるすぎるではないか。得体の知れない肉体を持った一人の男が、日常生活の中で自己の肉体感覚について、異常なほど観念的に分析することを好み、分析というよりも類推することを好み、くり返しくり返しそれを積み上げていった結果、舞台の上に立つという初発の一点に揺れ戻しを行い、収斂させたのが「キャベツ畑の中の遠い私の声」である。
和田周はずいぶん昔から、彼だけのための舞台空間を望んでいたように思う。彼の発する言葉は現実とは擦れ違い続けてきた。現実とのズレの感覚にこだわるのは文学の領域の仕事だが、彼はそれを役者という自らの肉体の領域に持ちこんで、そこを仕事場所とする夢にとりつかれていた。いわばバベルの塔の伝説がそうであるように。天にまで届こうとする人問の思いが神の怒りにふれて、塔を積み上げる人夫の言葉がまちまちになり、全く通いあうことがなくなったように、その通いあわない言葉の場所を舞台空間とすることにこだわってきたのだ。バベルの塔は建設の途中で未完成のまま放棄されたが、一人の人夫としての和田周はその塔の頂上、未完成部分から降りてこなかった。
早く降りておいで! 彼に呼びかけるその声は彼には届かず。こちらは疲れた心で彼が何と、永住をきめこんで塔の上でキャベツなどを植えはじめるのを見守るはめになる。その「キャベツ畑」の中からの彼の声は遠い。
この男が神から罰されずにおかれようか。彼は雷に打たれ、雨に打たれる以外にないだろう。しかし和田周はどんでん返しを試みた。神のかわりに、女から罰されるという仕方で。