吉行 和子氏

たぶん吉行さんは忘れちゃったと思うが、一九七〇年の始めのある晩、望月 瞬と三人で「遊撃的拠点」という俳優集団を結成した。あちこちの演劇集団に客演を装って潜入し、殲滅あるいは悔い改めさせよう、という戦闘的な俳優集団を目指したのだ。 血走っているぶん、心情的に「濃い」集団だった。どれくらい「濃い」かというと、いらい僕は彼女の演劇的「弟」になったのだ。姉は、なり振りかまわず徹底的に僕を庇護してくれた。合評会などで僕がマズイ発言(演劇界内政治的に)をすると、怒気を含んで罵倒しながら僕の口を封じ、ほうほうのていで修羅場から助け出してくれたりするのだ。日頃の自分の菩薩型のイメージをどれくらい損なうかなんて考えもせずにだ。僕の方はそんな彼女に思いっきり甘えて、すいぶん無頼な物言いと振る舞いをして回った。だから今回も、彼女のなり振りかまわぬ優しい言葉に(あ、また迷惑をかけてるな)と、すこし気が咎める。でも甘えることにする。(和田)

和田周さんの「頭の中」 (2002年)「つたえてよフランケンシュタインに」パンフより

 和田周さんと一緒に仕事をする事は何度かあるのだが、一番強く心に残っているのは、映画「眠れ蜜」だ。詩人の佐々木幹朗さんがシナリオを書き、岩佐寿彌さんが監督した、不思議な映画だった。三十年にはならないだろうけれど、ずい分前だ。あの時の出来事は、いまだに私の体の中に感覚の一部として残っている。
 そう、出来事のような映画だった。小樽の町で出会った、かつて夫婦だった二人、和田周と私、水族館で彼は、別れた後にどのような時間があったか、という事を延々と話す。それはフィクションである事は間違いないのだが、本当の話に違いない、とすら確信してしまいたくなるくらい、真実の声音が伝わって来た。彼の声には、いつも真実がつまっている─。あの声で語られると、つい深く頷いてしまうな、と今思い出す。
 鰊御殿は、これ以上の寒さはないだろう、と思えるくらい冷え切っていた。外は雪が積もっていた。その雪の中へ飛び出して行った和田周は、何かを叫んだ。今そのフイルムを観る事が出来ないので、ぼーっとしか思い出せないのだけれど、とび散る雪と、和田周の声だけは、鮮やかに蘇ってくる。
 あの映画は、和田周さんに、友情という柔らかなものとは違う、壊してはいけない約束をさせられた貴重な作品となった。それ以来、彼の創り出す舞台から目が放せない。「夜の樹」が十九回目の公演を迎えた、というこの事実も、嬉しさと重さが混じり合った深い喜びを感じている。和田周は凄い! そして、彼と結びついて一緒に演劇を創っている人達も凄い! と思う。
 ここにはまだ、舞台でしか味わえない「演劇」が息づいている。
 私も一応舞台に携わっているので、襟を正して客席に座る。それなのに、すぐ観客になり切ってしまい、ただ笑って観ている。和田周って、とんでもなく可笑しい男なのだ。あんな真面目な顔をして、あんな真面目な声をして、頭の中はどうなっているのだろう。
 「夜の樹」の公演を観ている時、私はサーカスの綱渡りを見ている時のハラハラ、ワクワクした感じと似ている気分になる。大きく違うのは、サーカスは落ちたら、それはだだの失敗だけれど、この「夜の樹」の綱渡りは、落ちたらまた新しい世界が広がる、と信じさせる。渡り切ってもいいし、落ちてもいい、和田周は、何をやったっていいんだ、と私は絶大な信頼をしてしまっているのだ。それもこれも、あの映画で出会った和田周の真実を見てしまったからだと言い切れる。

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